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◯製作中の琉球弧(奄美群島〜沖縄諸島)の歴史年表
◯製作中の富山の祭りと芸能
◯製作中の富山の祭りと芸能歴史年表

五箇山の春祭り
5月1日  大島
5月2日  細島 漆谷 小瀬 高草嶺 夏焼
5月3日  西赤尾 下島 楮 成出 東中江 入谷 寿川 大崩島
5月4日  真木 東赤尾 新屋 田下 菅沼 祖山

5月1日(水) 高岡御車山祭
5月2日 井波 よいやさ祭り 宵祭 映像
5月3日 井波 よいやさ祭り
5月3日 越中八尾曳山祭
5月4日(土) 加茂神社 やんさんま
5月4日、5日 城端曳山祭 *4日の宵祭りは夕方から
5月11日、12日 五箇山・上梨 白山宮のご開張
5月18日(土)、19日(日) 利屋町の天神祭り
5月19日(日) 越中だいもん凧まつり
5月19日(日) 高瀬神社 御田植祭
5月24日 於保多神社 神幸祭(猿田彦) 8時30分〜祭典 9時〜巡行
5月30日〜6月2日 日枝神社 山王まつり
6月1日、7月1日 瑞龍寺の一つやいと
6月8日(土) 射水神社 『越中 赤ちゃん泣き笑い相撲
6月9日(日) 朝日町大平(だいら) 獅子舞 映像
6月21日(金) 福光
6月22日(土) 富山 ログセッション
6月23日(日) 黒部
7月6日、7日 舟見の七夕
7月15日 南砺市・是安の風祭り(不吹堂の祭り) 記事
7月22日前後の日曜日 重忠まつり 上行寺
8月7日 魚津市蛇田地区の七夕
8月24日(土)? 朝日町笹川の獅子舞 諏訪神社 朝日町の獅子舞 映像 共生の里ささ郷(0765-83-3688)
9月第2土曜日 高岡市大坪町の獅子舞(熊獅子)
10月10日 伊勢玉神社 秋季例大祭の宵宮 湯立て神事 諏訪社
10月12日(土)、13日(日) 朝日町草野 獅子舞 五社明神社 映像
10月13日(日) 朝日町平柳 獅子舞 五社之社 映像
10月15日に近い日曜日 朝日町境 獅子舞 境神社 映像 
11月13日 お会式(餅柱) 上行寺

◯新川神社 1月? 寒中みそぎ
◯新川神社 御田植祭5月
◯高瀬神社 御田植祭5月 抜穂祭9月
◯射水市三ヶの十社大神 御田植祭
◯埴生護国八幡宮、亀保里神社(長岡神社0766-67-1402)除蝗祭 6月
◯上市町 日石寺 7月1日 大岩山滝開き・火渡り修法(10時)
◯7年に1度、10月に開催 次は2022年 朝日町山崎 米吊り奉納
◯福岡町沢川の獅子舞 9月の第4土曜日?
◯加茂神社 出雲へ神を送る神送祭 9月30日と10月31日?
◯岩稲八幡社の神送り・神迎え 10月下旬と11月下旬の日曜日 
◯5年に一度、若手神職でつくる県神道青年会が御田植祭
◯2019年 白山宮の本尊。秘仏十一面観世音菩薩をご開帳(33年毎)。
◯33年に一度 庄川の神賑わい 次回は2023年7月

*とやま文化財百選シリーズ(3)とやまの祭り
*全国祭り情報 富山県 祭り イベント一覧
とやまの獅子舞百選
富山県内のお祭り、イベント
*とやまの文化財百選シリーズ(2) とやまの獅子舞
*とやまの文化財百選シリーズ(3) とやまの祭り
*とやまの文化財百選シリーズ(4) とやまの年中行事
富山の祭り
築山行事
とやまの曳山”世界の宝”を守り続ける
*砺波の獅子舞 各地区の日程
年中行事覚書 柳田国男
田の神祭りに見る日本人の神意識
山の民の祈り
立山に生きる村ー宗教集落芦峅寺のくらし
立山信仰史における芦峅寺衆徒の廻檀配札活動と立山曼荼羅
五箇山の獅子舞の起源
◯「沖縄 久高島のイザイホー 第1部」東京シネマ新社1979年製作
◯「沖縄 久高島のイザイホー 第2部」東京シネマ新社1979年製作
久高島の年中行事 平成17年度作成
◯「石垣島川平のマユンガナシー」東京シネマ新社製作
まつりの島 太平山 沖縄県 宮古島」シネマ沖縄1975年製作
◯「与論島の十五夜祭」東京シネマ新社1980年製作
幻想のティダン(太陽) 【沖縄・与那国島記録映画】
村踊 沖縄県伊江村伝統芸能
喜屋武(チャン)の綱引き
与那国島の行事
「沖縄730 道の記録」シネマ沖縄1977年製作
与論島の洗骨儀礼
○福島第一原発事故に関するリンク集 http://www.scn-net.ne.jp/~onodak/news/index.html
○DAYSから視る日々 http://daysjapanblog.seesaa.net/
○HIROPRESS.net 広河隆一通信 http://www.hiropress.net/index.html
○独立系メディア今日のコラム 青山貞一・池田こみち http://eritokyo.jp/independent/aoyama-column1.htm
○小出裕章(京大助教)非公式の説きまとめ http://hiroakikoide.wordpress.com/
○やんばる東村 高江の現状 http://takae.ti-da.net/
○辺野古浜通信 http://henoko.ti-da.net/
○チョイさんの沖縄日記 http://blog.goo.ne.jp/chuy
○沖縄はもうだまされない http://www.ryukyu.ne.jp/~maxi/

5月28日(火)

 今朝テレビを観ていたら速報が流れ、川崎市登戸でたくさんの小学生を巻き込んだ殺傷事件が発生したことを知らされた。当初は登戸第一公園での事件かと思ったが、公園近くにあるスクールバスの停留所で起きた事件だった。
 登戸第一公園という名称は知らなかったが、地図で検索すると向ケ丘遊園に住んでいた頃によく自転車で通っていた場所だった。公園の近くには神洲之華という中国レストランがあって、時々食べに行っていた。
 犯人が自分の首を包丁で刺して死んでしまったので、どれだけ動機を解明できるかわからないが、やったことは無差別殺人事件だろう。2016年の相模原障害者施設殺傷事件もそうだが、無差別殺人の向かう先がいつも弱者なのが何ともいたたまれない。

 令和最初の国賓として、アメリカのトランプ大統領が25日から今日まで日本に滞在した。27日の安倍首相との日米首脳会談後の共同記者会見で、彼は日本政府が米国製最新鋭ステルス戦闘機F35を105機購入する意向であることを明らかにした。
 F35一機の値段が116億円といわれているので、105機購入すれば1兆1130億円になる。維持管理比を含めれば30年の運用で6兆円を越えるという試算もある。なんとも豪勢な買い物だが、その一方で政府は昨年10月から生活保護費を160億円削減している。F35の購入を2機減らせば生活保護費を削減する必要もないが、そういった思考はまるでないようだ。
 もう忘れている人も多いかも知れないが航空自衛隊三沢基地所属のF35Aが、今年4月に太平洋上で訓練中に消息を絶ち未だに行方が分かっていない
 米国の政府監査院(GAO)は、F35には未解決の欠陥が966件あることや、操縦士が酸素欠乏をまねくことなどを指摘している。その欠陥の数にも驚くが、大量購入する前に普通は行方不明になっている自衛隊機の発見と原因の調査を進めるのが先だろう。

 F35は沖縄の嘉手納、伊江島、普天間にも飛来している。嘉手納には2017年6月から半年間12機の暫定配備があった。
 琉球新報の記事によれば、F35の最大の問題はその騒音だと言われ、普天間では「人間の聴力の限界に迫る」120デシベルを越える騒音が記録されているそうだ。
 玉城デニー知事は「沖縄に寄り添う」という言葉だけでなく、事件事故や騒音問題などにさいなまれる地元の現状を体感した上で沖縄問題に取り組むべきだとの考えから、自身のツイッターに「基地負担軽減担当の官房長官、地元自治体と米軍とのパイプ役の防衛大臣、地位協定担当の外務大臣たちは任期中は嘉手納や宜野湾に住んでそこから登庁するべきだ」と投稿した。
 那覇に住んでいた時に、尖閣諸島の国有化が行われた。これを境に那覇空港から飛び立つ自衛隊のステルス機が、家の上空を通過していく頻度が極端に増えた。轟音がしたのでベランダに出て通過するステルス機を見ようと思うと、暫くして機体が現われる。どういうわけか機体より音の方が先に進むというのを、那覇に住んで初めて知った。
 F15やF35といったステルス機の轟音は凄まじいが、当たり前だが他の軍用機が静かなわけではない。国道58号に立てばわかるが、来る日も来る日も嘉手納飛行場でタッチ&ゴーが行われている。軍用機が着陸する際は国道58号を横切り、道路を走る路線バスの直ぐ上を、両側に植えられた街路樹の直ぐ上まで接近して下りてくる。国道58号から離れて嘉手納の住宅街を歩いたことがあるが、町全体が「ゴー」という音に共鳴しているようだった。
 オスプレイの駐留以来、普天間基地の問題がクローズアップされるようになったが、嘉手納も3方を住宅地に囲まれている。そして騒音問題は、普天間の比ではない。

嘉手納の軍用機
↑国道58号の上を通過し、嘉手納に着陸する軍用機。レンズは35mm換算で33mm。広角よりのレンズでこの近さだ。

 昨年の6月10日に撮影した高瀬神社の祈年穀祭の様子をPhoto Albumにしました。こちらこちら
高瀬神社の祈年穀祭01
↑巫女による「浦安の舞」の奉納↓社殿で起こした忌火を鳥居の外に運び、点火式が行われる。次の日、この忌火を伴ったお神輿が地区にある4つの農協を渡御してまわる。
高瀬神社の祈年穀祭02
 今日は久しぶりに朝から雨で気温も上がらず過ごし易かったが、明日から天気は回復するようで、また暑い日が続きそうだ。
 今月15日に経産省の職員が覚せい剤を使用したとして逮捕されたが、今度は文科省の参事官補佐が覚せい剤所持で逮捕された。どうしちゃったんだろう、この国。

5月25日(土)

 富山市出身の力士、朝乃山が大相撲夏場所で初優勝した。

 あまりにお粗末なのでスルーしていたが、官邸自ら蒸し返して墓穴を掘るようなツイート。漢字が読めなかったんじゃなくて、ひらがなも読めなかったのか。
 かぶる傘って、笠だろう。福岡町特産の菅笠で良いんじゃない?高橋市長、出番です。
発電ほぼゼロで収入1兆円 日本原電8年間分、本紙集計
除染土利用の実証試験を初公開 福島県飯舘村で農地造成
毎月勤労統計で新たなミス
政治にも影響する「宗教団体」。その実力は?<小川寛大vs菅野完 対談>
アベノミクスのためのギャンブル運用で年金15兆円が溶けた!
日商会頭“最低賃金千円”反対意見表明へ
私達を縛る「呪いの言葉」に抗い、声を上げ、前に進んだ先にあるもの<上西充子氏>
景気「緩やかに回復」維持 動向指数「悪化」とズレ

 昨日今日は富山市にある於保多神社の春季例大祭で、昨日はお神輿が町内を渡御する神幸祭、今日は昨年十数年ぶりに復活した鷽替え神事がある。鷽替え神事は昨年撮影したので今年はパス。かわりに、今年は猿田彦のようなお神輿の露払い役が登場するという神幸祭を撮影した。

5月24日 

 これまで於保多神社までは富山駅から自転車で行っていたが、折りたたみ自転車を持って電車に乗る気力がないので、富山駅から富山地方鉄道に乗り換えて稲荷町駅から歩くことにする。
 神幸祭は8時30分からなので、電鉄富山を8時5分の電車に乗り稲荷町に8時8分に到着。プリントアウトした地図を見ながら歩いて、神幸祭の始まる直前に神社に到着した。

於保多神社神輿御祈祷
 修祓、献選、祝詞奏上、玉串奉奠と進み、宮司が本殿からご神体をお運びしお神輿に安置。20分ほどで神幸祭は終了した。
 お神輿が鳥居を出ると、「於保多神社 神輿御祈祷」と書いた札が貼られた家の前で、神職が手分けして御祈祷を行なう。
 お神輿の前には、シャグマを被り劍を持った男性がおり、この方が猿田彦だろうか?
お神輿巡行
↑剣を持ってお神輿を先頭する男性。↓天狗の面。→お面をつけたところ。
天狗の面
 祭り半纏を来てリヤカーを引いている男性に、猿田彦のような人物はお面をつけないのか尋ねてみたところ、お面を被ると前が見え難いのと暑くて大変なので被っていないがリヤカーの中にあると言って見せて下さった。巡行はお昼の休憩を挟んで16時頃まで行なわれるが、最後に神社近くの保育園だけお面をつけて子供たちを追いかけまわすそうだ。
 地元では猿田彦ではなく天狗と呼んでいるそうだ。話しているうちに天狗役の男性を呼び寄せて、お面をつけた写真を撮影させて下さった。
 天狗を撮影してから暫くお神輿の巡行について歩き、それから帰ることに。帰りは電車賃の節約と散歩を兼ねて、稲荷町ではなく富山駅まで歩く。10時前に富山駅に着いたが、金沢方面行きは10時46分。駅構内2階にあるロビーで、本を読みながら過ごす。

 神社の境内に貼り出されていた案内より。

於保多神社春季例大祭のご案内

5月24日(金)
 8:30   神幸祭
16:00頃  還幸祭

5月25日(土) 
 8:30   献書祭
10:00   春季例大祭
13:30   劍詩舞吟詠奉納
18:00   春季例大祭奉祝奉納行事
        神楽「豊栄の舞」「浦安の舞」
        舞楽「蘭陵王」
19:00   鷽替え神事

鷽替え神事
「替えましょう」「替えましょう」「ウソをまことに 替えましょう」
知らず知らずのうちについた嘘(ウソ)を天神さまの誠の心(まこと)に取り替え 御祭神の御神徳を戴き これからの生活が健やかに幸せを願う神事です

初穂料一体 500円 今年はうすみどり 若苗色
頒布のご案内
5月24日(金) 10:00〜19:00
  25日(土)  9:00〜18:00
300体準備しています
頒布場所 拝殿内

5月23日(木)

 昨日今日と、梅雨を飛び越して初夏のようなお天気だ。

◯花街・辻(チージ)

 「琉球料理、泡盛、芸能」が一体となって日本遺産に認定された。沖縄タイムスには<礼節を重んじる「守礼の邦」琉球が、中国から派遣された冊封使節団などをもてなすために振る舞った琉球料理や泡盛、琉球舞踊をストーリーに仕立てた>と書かれている。
 この記事を読んで、沖縄の料理家・山本彩香さんを思い出した。

 沖縄に初めて行ったのは1996年12月で、雑誌の沖縄料理特集の撮影だった。NHK「今日の料理」に出演されていた中村成子さんが案内人となり、琉球料理を提供する山本彩香さんのお店「穂はな」や、筑紫哲也さんもお気に入りだった朝食に50品目20皿の料理が並ぶ沖縄第一ホテルなどを撮影した。
 この撮影からずいぶんと年月が経ち、2013年の6月半ばから2年ほど沖縄に移住した。撮影に出かけない日は図書館から借りてきた本を読んで過ごすことも多かったが、そんな借りてきた本の中に『てぃーあんだー/山本彩香の琉球料理』(沖縄タイムス社)があった。発売が1998年11月なので、沖縄で山本彩香さんの料理を撮影した2年後に出た本だ。
 料理の大まかな作り方は書いてあるが細かな分量まで記載されておらず、いわゆるレシピ本ではない。その代わり、沖縄の食材や食文化について語られている。一番興味深かったのは本のまえがきで、そこには山本さんの簡単な生い立ちが綴られていた。
 昭和61年にお店を出すまでは琉球舞踊をされていたこと、そして山本さんに料理を教えたのは育ての母である叔母さんで、叔母さんは花街・辻でジュリをされていたことが書かれていた。
 当時は全然気づきもしなかったが、山本さんのお店「穂はな」があったのは、辻に隣接する若狭だった。
 
 もともと辻(チージ)は琉球王国時代に中国からの冊封使や薩摩の役人を接待するために、琉球王府が国策で開いた花街だった。そこは女性だけが居住する特殊な地域で、そこで働く女性たちをジュリと呼んだ。遊郭のような接待だけではなく、舞踊や料理でもてなしたそうなので吉原と祇園が合わさったような花街だったのだろうか。
 沖縄戦で料亭の建ち並んだ町並みも破壊され、現在の辻は特殊浴場とラブホテルの建ち並ぶ風俗街となり、往時を偲ぶ面影もない。
 琉球王国は中国や日本、東南アジア諸国との中継貿易で栄えた国で、貿易国の人々をもてなすために芸能や文化も発展した。ユネスコの無形文化遺産に登録された琉球の歌舞劇・組踊(くみおどり)は冊封使をもてなすために開かれる宴で踊奉行に任命された玉城朝薫が、日本の能楽や狂言、中国の京劇などにヒントを得て生み出した芸能だといわれている。
 そういえば山本さんのお店を撮影した時にお土産として手作りの「豆腐よう」をいただいた。豆腐ようは豆腐を泡盛と麹に漬け込んで発酵させた食べもので、チーズのような趣きもある。沖縄の宮廷料理の一つだが、これなども中国からの影響なくしては生まれない料理だろう。

 今の辻の町並みに往時の面影はないが、それでも旧暦一月二十日の二十日正月(ハチカソーグヮチ)に行なわれるジュリ馬だけは、今も続けられている。
 辻のジュリ馬は商売繁盛と五穀豊穣を祈願する祭りで、昔は那覇の三大祭りの一つだった。神人が辻の拝所を巡って御願した後、着飾ったジュリの女性たちが馬の頭を象った板を腹部に付け、”ユイユイ”と声を出して踊りながら道スネー(お練り)をする。もちろん現在の辻に神人もジュリも存在しないので、神人役の役者さんと舞踊家で再現されている。
 ジュリは地方の貧しい家庭から売られて来た娘たちも多く自由に外出することも出来なかったが、このジュリ馬のときだけ着飾って外の通りを練り歩けたので、娘の姿を一目見ようと踊りの行列をそっと見守る親がいたそうだ。
 花街・辻とジュリについては、榕樹書林のがじゅまるブックスから発売されている『辻とじゅりの物語/浅香怜子』が丁寧でわかり易い。この本の表紙に使われている写真は、2013年に辻の旧二十日正月のジュリ馬で私が撮影したもの。先頭で踊っている女性が、著者の浅香玲子さんだ。

琉球料理の伝統を伝える ひとりの女性の物語 松原耕二の、ライフ・ライブラリー

↑本の表紙のオリジナル写真。2013年3月1日撮影。

◯マジックマッシュルーム

 インドネシアのロンボク島で合成麻薬の「エクスタシー」などを密輸したとして、フランス人の男性に銃殺刑が言い渡されたという記事が流れてきて驚いた。

 30年近く前、旅行雑誌の撮影でバリ島とロンボク島に行った。当時、バリ島のクタにはアクセサリーからマリファナ、マジックマッシュルームまで様々なものを扱う物売りがウロウロしていて盛んに声を掛けられた。
 幻覚を見るというマジックマッシュルームの話は聞いていたが現物を見たことがなかったので、向学に写真を撮って雑誌に掲載することにした。一緒に取材していた編集嫌ライターの石丸君が、夜の路上で手に入れた。
 マッシュルームという名なのでシチューに入れるブラウンマッシュルームのようにコロコロとした可愛いキノコを想像していたが、物売りから手に入れたキノコは黒いエノキダケのような風貌だった。オムレツの具にして食べるとか、話には聞いていたが見た目が気持ち悪かったのと、二人とも別に幻覚が見たいわけでもなかったので撮影して終わりになった。
 その後はマッシュルームのことなど忘れてクタからウブドゥへ取材に行ったりして過ごしたが、バリ島からロンボク島に渡ることになった。最初は確かフェリーで渡るつもりだったが、時間の関係か到着場所の関係で飛行機になり、デンパサールの空港に向かった。空港に向かいながら、石丸君が声を上げた。マッシュルームがバックに入ったままだという。空港の手荷物検査で見つかったらどうしよう。バックからマッシュルームを取り出して、急いで捨てた。
 空港の手荷物検査ではボクが持っていた三脚やストロボのスタンド、傘などを入れた筒状の大きなバッグを見て、検査員から中身は大砲か?と聞かれて「違います」と答えて終わった。
 あの時、マジックマッシュルームをバッグに入れたまま空港に行っていたらどうなっていただろうか。でも、30年前のバリ島は色々と緩かった気がしないでもない。

マジックマッシュルーム
↑クタの路上で手に入れ雑誌に掲載した、マジックマッシュルーム。大きさが分かるように、当時吸っていたマルボロが置いてある。

◯エシュロン

 「エシュロン」という単語を初めて見たのは、楡周平の小説『朝倉恭介 Cの福音・完結編』だった。
 エシュロンは電話、ファックス、電子メール、インターネット通信から大量の情報を収集する盗聴機関。アメリカはその存在を認めていないがイギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドの5カ国で構成しているとされ、日本の三沢基地にもその通信傍受施設があるといわれている。
 楡周平の小説を読んだときは半信半疑だったが、NSA(アメリカ国家安全保障局)の元職員であるエドワード・スノーデンの様々な告発で、その信憑性は高まった。

 そのアメリカが、中国のHuawei(ファーウェイ)が通信内容を傍受し収集している懸念があるので、圧力をかけて市場から閉め出そうとしている。経済戦争だけではなく米中の通信スパイ戦争を見ているようだ。
 ところでアメリカのグーグル社が、電子メールサービス「Gmail」で送受信されるメールの内容をスキャンしていることを認めている。スキャンされた文章をスタッフが読んでチェックすることはないと言っているが、読むことは可能だろう。大統領の行政命令に従ってHuaweiとの取り引きを停止したグーグルが、大統領の命令でスキャンしたメール文章を提供しないとも限らない。

 この他の気になった記事を備忘録として。
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5月20日(月)

 今日は高岡でも最高気温が30℃の真夏日になったようだが、風が強かったので数字ほどには暑くなかったように思う。夜になって、激しい雨も降った。
  一昨日は利屋町の天神祭りの宵宮、昨日は本祭りを撮影に行った。こちらの様子も後々UPいたします。

利屋町の天神祭り 神迎え
↑一昨日の宵宮では神迎えが行なわれ、関野神社に預けてあるご神体の天神像を入れた木箱を担いで町内を巡行する。
↓本祭りでは、ご神体の神籬を子供神輿に入れて町内を練り歩く。
利屋町の天神祭り 子供神輿
 GDP、2期連続のプラス成長という記事が流れてきたが、だからどうした?という感想しか出て来ない。
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5月19日(日)

 利屋町の天神祭りの本祭り。14時から子供神輿が町内を巡行し、その後、龍雲寺のお堂に設営された天満宮の前で住職による大般若絵、関野神社の神職による神事が執り行われる。
子供神輿のお祓い
 最寄り駅を12時37分発のあいの風とやま鉄道の電車で高岡へ行こうと思っていたら、電車が10分ほど遅れて到着。高岡駅へ13時頃について、歩いて利屋町へ。途中、山町筋のスーパーでお菓子を買い、龍雲寺の向かいの公園でベンチに座って時間調整。
 暫くすると酒井禰宜、宮総代が龍雲寺にいらしたのが見えた。
 昨年はリヤカーに神輿を乗せて引いたが、今年は人数も集まったので担いで巡行するそうだ。
 14時になり、境内に出された子供神輿に酒井禰宜がご神体の神籬を安置し、お祓いを行なう。お神輿は大人が担ぎ、子供たちは神輿に繋がる紐を引っぱって歩く。
 龍雲寺を出て、町内の端から端まで花(祝儀)をいただきながら練り歩く。途中で3回ほどお神輿を降ろして道端で休憩を入れ、50分ほどかけて巡行した。
子供神輿の巡行
お菓子配り
 龍雲寺に戻ると、昨年と同様スイカが用意されていた。
 スイカを食べ終わると子供たちだけでお堂の中の天満宮に参拝し、神輿を引いたご褒美としてお菓子の詰め合わせが配られた。
 子供たちが帰って行った後、16時から龍雲寺の住職による大般若会が行なわれた。
 大般若経の折本をパラパラと開き、転読する。
 30分ほどで大般若会が終わると、今度は関野神社の酒井禰宜が天満宮の前に座り神事を行なう。
火伏せのお札
 修祓、祝詞奏上、玉串奉奠が終わり、町内会長と宮総代の挨拶で本祭りは終了した。
 神事の後に、祭壇に置かれていた火伏せのお札と、おけそく(仏事に供えるお餅)をいただいた。
 この火伏せのお札こそ利屋町の天神祭りの由来を伝えるもので、以前富山に伝わる天神信仰としてまとめた中で少し触れて書いたのでお読み下さい。
 明日は17時からお宮の解体と、神送りが行なわれる。昔は神迎えの時のようにご神体を入れた木箱を担いで町内を巡った後に、関野神社にお戻ししたが、今は人手がないので宮総代が車でお運びしているそうだ。
 龍雲寺を出て駅に向かうと利屋町公民館の前で声をかけられ、公民館の中での直会に参加させていただいた。ドジョウの蒲焼き入りオードブルや焼き鳥を食べながら一時間ほど雑談をして過ごし、19時1分発の電車で帰って来た。

5月18日(土)

 昨日の宮造りに続いて、今日は天神祭りの神迎えを撮影に行く。神迎えは17時に龍雲寺を出て、関野神社へ向かう。
 あいの風とやま鉄道で15時46分に高岡駅へ。駅から利屋町までゆっくり歩き、16時過ぎに龍雲寺に到着した。 
龍雲寺と天満宮
ご神体を入れた木箱を包む布

↑門提灯や門幕が飾り付けられた龍雲寺(左)と、龍雲寺のお堂の中に設営された天満宮。

 宮総代の竹田さんによると、今日と明日は地元テレビの撮影が入っているとのこと。富山の天神信仰がテーマのようだ。
 竹田さんが風呂敷を持って来て、中を見せて下さった。赤い布は、これから迎えに行くご神体を入れた箱を包む布で、布の上に置かれた小さな木箱に梅鉢紋の金具が入っている。

神迎え01
 17時になって、ご神体である天神像を預けてある関野神社へ迎えに行く。利屋町児童クラブと書いた旗を持つ女の子を先頭に、子供4人、大人4人が一列になって進む。先ほど見せてもらったご神体の入った木箱を包む布の入った風呂敷や、その木箱を担ぐための棒も持っている。
神迎え02
 8分ほどで関野神社に到着すると、手水舎で手と口を清め、それから拝殿へ向かう。
 関野神社の酒井禰宜に迎えられ、修祓、祝詞奏上。玉串は、宮総代と旗を持って先頭を歩いた女の子の二人が代表して捧げた。
 神事は5分ほどで終了し、拝殿の灯りが一瞬消される。
 ご神体を入れた木箱を持参した布で包み、梅鉢紋の金具を取り付ける。
神迎え03
ご神体を天満宮へ

 ご神体を入れた木箱の上部に担ぎ棒が渡され、17時23分頃に関野神社を出発。利屋町に入ると龍雲寺を通り過ぎて、町内を一巡する。25分ほどで町内を巡行すると龍雲寺に戻り、ご神体の入った木箱に被せられた布が外され、木箱が開けられた。
 木箱は3重、4重になっており、最後の木箱を酒井禰宜が抱えて祭壇を上がり、天満宮の中に安置された。

←ご神体の入った木箱をお宮に安置。
 ご神体が天満宮に納められると、神迎えに参加した子供たちを中心に神事が行なわれた。

 18時頃には神事も終わり、高岡駅へ。19時1分発の金沢行きの電車で、家へと帰る。

前田利家の梅鉢家紋が意味するものとは?

5月17日(金)

 高岡の3天神祭りの一つ、利屋町の天神祭りが明日、明後日と行なわれる。明日は宵祭りで、関野神社に預けてあるご神体の天神像を迎えに行き、龍雲寺に設置したお宮(天満宮)にお祀りする。明後日は本祭りで子供たちが神輿を引っぱって町内を巡った後、お宮の前で読経と関野神社の神職による神事が行なわれる。
 昨年は日程がわからず本祭りしか撮影できなかったので、今年は宵祭りの神迎えから撮影するつもりだが、確か宵祭りの前日にお宮造りが行なわれるはずなので、こちらも撮影しようと思い自転車で出かける。
 宮造り01
 高岡まで自転車で出かけるのは、今年初めてかもしれない。
 15時半頃に家を出て、1時間弱で龍雲寺に。まだ誰も居られないので暫く自転車で山町筋の辺りをブラブラしてから16時40分過ぎに戻ると、町内の男性が一人二人と集まって来られた。
  門提灯を取り付ける神代屋形が組み立てられ、お寺の近くにある公民館からお宮を組み立てる部品・材料が取り出される。
↓→利屋町公民館の2階に仕舞ってある、お宮の材料を運び出す。
宮造り03
宮造り02
 作業をされているのは年配の方ばかり。少子高齢化は祭祀の現場にも如実に現われる。写真を撮りながら、梯子に上って受け取ったり、お寺までの運搬をお手伝いする。
宮造り04
宮造り05
 公民館から部材が運ばれると、お堂の中では宮総代の竹田さんの指示を受けて女性たちが祭壇を組み立てる。
 祭壇の上にお宮(天満宮)を乗せ、周りを幕で囲む。昔は天満宮と書かれた大きな扁額を掛けたが、力仕事なので今は床の上に置いておく。
 およそ2時間ほどでお宮が組み上がった。祭壇のお供えは明日の作業だ。
 手伝ったお礼にと、おにぎりとペットボトルのお茶をいただく。

 おにぎりを食べながらペダルを漕いで、家へと帰る。

 備忘録として気になった記事を。
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5月14日(火)

 昨日までとは打って変わって、今日は富山も激しい雨が降った。そして、沖縄よりも先に奄美が梅雨入りした。
 自動車業界トップのトヨタ自動車社長が、「終身雇用守るのは難しい」と発言。経団連の中西宏明会長も「終身雇用なんてもう守れないと思っている」と発言したそうだ。そもそも終身雇用を守ろうという気があるのだろうか?
 日本維新の会の丸山穂高議員が国後島訪問中の11日夜、酒に酔って元島民の大塚小彌太団長(89)に「戦争でこの島を取り返すのは賛成ですか、反対ですか」などと大声で質問。丸山議員は13日の深夜に謝罪と撤回を行なったが、日本維新の会は今日の常任役員会で除名処分にした。
 東電は、福島第一原発の高さ120mの排気筒解体作業を今月20日に取りかかる予定だったが、模擬装置で確認したところクレーンの高さが1.6mほど足りないことがわかり延期することになった。東電、ほんとに失った信頼を取り戻したいと思っているのだろうか。
機体の欠陥が原因 米南部のF35墜落 米監査院が報告書
米軍キャンプ・ハンセンで山火事【午後2時現在鎮火せず】
新しいトップページ
トップ画面を模様替えしました。写真は2016年に撮影したチューリップ。球根を育てるためにもいで捨てられた花の部分。公園や花壇に植えられたチューリップよりも、捨てられて枯れていく花に魅了されるのは何故だろう。
↓これまでのトップ画面。
これまでのトップページ
 昨年の6月9日に撮影した埴生護国八幡宮の義仲祭の様子をPhoto Albumにしました。こちら
義仲祭
↑小矢部の雅楽団体・洽聲会による舞楽「振鉾(えんぶ)」の奉納。

5月13日(月)

 与那国島岐阜では短時間に猛烈な雨が降ったようだが、富山は青空が広がって気温も上がり、初夏のような日が続いている。 昨日、一昨日は五箇山の上梨集落にある白山宮で33年に一度のご開帳があった。ご開帳されるのはご本尊の十一面観世音菩薩で、初日の11日に世界遺産バスに揺られて観に行って来た。

皆葎の獅子舞奉納
 2,500円で2日間有効の五箇山フリーきっぷを購入して、高岡駅前を9時20分発のバスに乗車。
 上梨に10時47分に到着して白山宮に向かうと、鳥居の前で皆葎集落の獅子舞が奉納されていたので慌てて撮影。獅子舞が終了したので、隣りにある受付のテントに行くと行事予定を書いたパンフレットがあったので、日程次第のところを複写させていただいた。以下がその次第。

白山宮御開帳日程次第

五月十一日(土)
午前九時三十分 おねり(おちご参加)
  十時    三十三年式年大祭

午前十一時より午後五時まで 御開帳 一般参拝

十時三十分   田向集落祝儀
十一時     皆葎集落祝儀
十一時三十分  大島集落祝儀
十二時     相倉集落祝儀

午後一時    直会
  五時    祝賀会
  七時三十分 加賀宝生能
  八時    夜獅子
  九時三十分 夜獅子終了

五月十二日(日)
午前十時より午後五時まで 御開帳 一般参拝

十時三十分   猪谷集落祝儀
十一時     小原集落祝儀
十一時三十分  細島集落祝儀
十二時     下梨集落祝儀

午後一時    直会
  五時    成就祭

 皆葎の祝儀が終わったので、さっそく本殿に祀られている33年ぶりにご開帳された十一面観世音菩薩を観に行く。白山宮は白山を開山したとされる奈良時代の僧、泰澄(たいちょう)が人形山の山頂に創建したものを、後に現在の場所に移設したと伝えられている。拝殿の奥に茅葺きのお堂があり、これが本殿かと思う人も多いが、こちらは本殿を覆い保護する鞘堂で、鞘堂の中に本殿がある。この鞘堂は宝暦10年(1760)建立で五箇山に残る宗教施設としては最も古いものだそうだ。平成30年5月10日に国登録有形文化財になっている。また、本殿は国の重要文化財となっている。
 鞘堂の前に来ると撮影禁止の貼り紙があり、ちょっと残念。本殿に祀られた十一面観世音菩薩は懸仏で、ちょっと想像していたものとは違った。白っぽい地に絵柄のついた円形板の中央に十一面観世音菩薩が収まっているが、後で大きさを氏子の方に聞くと、観世音菩薩は1寸七分ということなので約5センチ。遠目では十一面あるのかどうかすらわからなかった。
 鞘堂の隣りには仮設の小屋が建てられ、こちらで「白山曼荼羅」や「地蔵菩薩坐像」「銭塔額」など宝物約30点が展示されていた。
白山宮
↑手前が白山宮の拝殿で、奥の茅葺き屋根の建物が鞘堂。鞘堂の中に本殿がある。鞘堂の右隣には宝物を展示する仮小屋が作られていた。
相倉と大島集落
 十一面観世音菩薩と宝物を見学してから鳥居の方に戻ると、祝儀を終えた大島集落の一行がお宮を出て、これから祝儀を行なう相倉集落の一行が入口で待機していた。相倉集落の一行の中に酒樽をのせた”あげもん”を担いでいる人たちがいたので、五箇山でもあげもんと呼ぶのか尋ねてみたところ「みこし」と言うそうだ。
相倉の獅子舞奉納
↑相倉集落の祝儀。獅子舞は15分ほど行なわれたが、あいかわらずシシトリの子供の動きがキレキレで感心する。
↓→各集落の祝儀が終わり、落ち着いた白山宮の入口。
白山宮02
白山宮01
 相倉集落の祝儀が終わると、次は白山宮の隣りにあるこきりこ館で直会。一般の観光客が見学できるのは19時半からの加賀宝生能と20時からの夜獅子だが、この時間になると高岡へ帰れるバスがないのでこちらも断念するしかない。
合掌の里01
 せっかく五箇山まで来たので上梨を12時12分発のバスで、合掌の里へ。7分ほどで到着して、合掌家屋が並ぶ敷地を散歩する。
 一番手前にある家の屋根が半分新しく葺かれていた。
 合掌の里は昨年の秋、紅葉の時季に一度来ているが、新緑の山を背景に見る合掌造りもいいものだ。
↑↓→片側の屋根が新しい茅で葺かれた家屋。
合掌の里03
合掌の里02
 20分ほど写真を撮りながら合掌の里をウロウロしてから、隣りの菅沼集落へ歩いて行く。菅沼集落は道路から少し下りたところにあり、全体を見下ろすと民話に登場しそうな風景だ。
↓→菅沼集落。
菅沼集落02
菅沼集落01
菅沼集落03
 菅沼集落を見た後に、もう一度33年ぶりにご開帳となった十一面観世音菩薩を見ておきたいので、15分ほどでササッと集落を歩き、バス停に戻って13時21分発のバスを待っていたら乗用車が横に停まった。「?」。
 射水神社の権禰宜、嶽徹さんだった。やはり白山宮のご開帳を観に来られたそうだが、通りすがりにボクを見つけてわざわざ停まって下さった。せっかくなので白山宮まで同乗させていただいた。
白山宮の鞘堂

 鞘堂の手前で黒のスーツを着ている氏子の方に十一面観世音菩薩について話しを聞いてから、撮影禁止の札の手前から鞘堂の外観を撮影していいか尋ねると大丈夫との返事だった。後で画像を確認すると、お堂の横板が外してあるので小さくご本尊の観世音菩薩が写っていた。
 ところで富山県観光公式サイトの記事には<本殿内には白山権現菊理媛命(はくさんごんげんきくりひめのみこと)が祀られており、33年ごとに開帳されます>と書かれている。はて?ご開帳になっているのは十一面観世音菩薩だが・・・もしやと思って検索すると本地垂迹説で白山権現菊理媛命の本地仏は十一面観世音菩薩だった。またwikipediaの十一面観音の頁には、<奈良時代の修験道僧である泰澄は、幼少より十一面観音を念じて苦修練行に励み、霊場として名高い白山を開山、十一面観音を本地とする妙理権現を感得した>と書かれていた。
 この白山宮に限らず秘仏のご開帳は33年に一度が多いが、これは観音菩薩が三十三の姿に変身して衆生(生命のあるものすべて)を救うという話しに由来するそうだ。

 ご開帳された観世音菩薩を2回観たので、久しぶりに庄川を渡った田向集落にある流刑小屋を撮影してきた。

↓庄川。→流刑小屋。
田向集落の獅子舞

 流刑小屋をちょこっと写真に収めて白山宮の方へ戻ると、こきりこ館の前で獅子舞が始まっていた。確かこの時間は直会のはずだと思ったが、お酒の勢いで獅子舞をやることになり田向集落の獅子が舞っているそうだ。夜獅子の最後の演目、獅子ごろしをするそうだが、相倉集落へ行くバスの時間が迫っていたので少し写真に撮ってバス停へ向かった。

←勢いで始まった田向集落の獅子舞。

 上梨を14時27分発のバスで、相倉集落へ。相倉のバス停で降りて、お腹が空いたので高岡駅のコンビニで買ってきたコロッケパンを食べながらトボトボ歩いて集落の中へ。集落の中央にある地主神社まで来るとお囃子が聴こえたので寄ってみると、白山宮で獅子舞を奉納した相倉の獅子方が上梨から帰って来て、これから地元の神社で獅子舞をするところだった。

相倉の獅子舞
相倉集落
 獅子舞は5分ほどで終了し、紋付袴姿で祝儀行列の先頭にいらした年配の男性の胴上げが行なわれた。無事に白山宮の33年ぶりのご開帳に祝儀を行なえたことの胴上げだろう。
 高岡行きのバスは15時30分で、あまりゆっくりもできないので集落全体を見渡せる撮影スポットまで行って何カットか撮ったら急いでバス停へ。少し遅れて到着したバスで、終点の高岡駅前まで。

 16時55分に駅前に着いて、あいの風とやま鉄道の改札に行くと、17時1分発の金沢行きがあった。

*北日本新聞の記事、富山新聞の記事、中日新聞の記事、南砺市の広報

5月10日(金)

 個々人の心模様とは無関係に、世界は動いている。平成の終わりから令和が始まって十日で、気になったニュースや記事を備忘録として。
「北方領土は日本に帰属」消える
こしあぶらからセシウム出荷自粛
WTO判決「日本産食品は安全」の記載なし 政府と乖離
なんと26人当選...「NHKから国民を守る党」拡大遂げる おひざ元・渋谷区にも議員誕生
「悲しいまでに凡庸」だった青年が日本政治の頂点に君臨し、この国の姿を変容させるまで 安倍晋三氏のルーツを探る
インドネシア選管「職員119人死亡」 大統領選と総選挙で「過労」
テロ対策施設、未完成なら原発停止 再稼働原発の停止も
大臣日程表、11府省で不存在 2週間で廃棄、「即日」も
ペリーもち屋が平成で幕 94歳店主「たくさん働いた」 盆やシーミー支えて64年 4月30日に閉店
那覇の名物ライブハウス「Output」9月閉店 ビル老朽化で移転先探す
近田春夫 トークライブ 「渋谷に結集せよ!! ビブラストーン ファン集会」
【仙台発】ついに「大人食堂」 食べられなくなった非正規労働者
平成の賃金 検証不能 統計不正 政府廃棄で8年分不明
“科学技術強国”中国の躍進と日本の厳しい現実
働く女性の声を受け「無職の専業主婦」の年金半額案も検討される
緩和ケア病棟から追い出される? ケアの現場に持ち込まれた「連帯責任制」
元マネージャーが語る、ニルヴァーナ『ネヴァーマインド』が世界を変えた瞬間
GPIFの問題点は損失額よりも株を売りたい時に売れない所
「退位礼正殿の儀」安倍首相発言に右翼団体・一水会が激怒
ECDの壮絶な生き様に迫る NHK Eテレ「こころの時代~宗教・人生~ 『個』として生きる」
浅草で45年間撮り続ける写真家、鬼海弘雄が見つめてきた「人間」
神話か史実か NHK「皇室の祖先の天照大神」ミス認め釈明
米、対中関税25%発動 協議は継続 中国「対抗措置」

 昨年の6月2日に撮影した国泰寺の開山忌法要の様子をPhoto Albumにしました。こちらこちら

国泰寺の開山忌法要01
↑大方丈での開山国師宿忌。↓大勢の虚無僧が尺八を吹きながら境内を歩く塔参
国泰寺の開山忌法要02

5月9日(木)

◯苦い水

 7日の通夜、8日の告別式が終わり、今日から少しずつ日常に戻る。

 先月の25日に単身赴任先の中国・大連で、弟が急逝した。27日に富山空港から大連への直行便で、彼の家族と共に迎えに行った。
 2010年の春に奄美大島へ移住する際に、身分証明書のつもりで10年のパスポートを作ったが、使わないまま後1年ほどで切れる予定だったのに、まさかこういう形で使うことになるとは思ってもみなかった。

 棺に入れたまま飛行機で一緒に帰るつもりで、実際にそれも可能ではあったが、それには手続きなどで日数が必要だった。一旦富山に戻り、再び大連に迎えに来るという方法もあったが、冷たくなった彼をこれ以上異国の地で一人にさせておくのは忍びなく、家族の意向もあり中国で遺骨にして帰ることになった。
 葬儀の手配は彼が務めていた会社の中国人スタッフが全てしてくれた。29日の午後、葬儀場で身内だけの告別式を行なった。お経や焼香こそないが、日本の告別式とそうはかわらないものだった。花輪が飾られ、棺の周りは花壇のようになっていた。家族の意向をきいて、棺の上にはたくさんの白い菊が飾られた。
 白装束は用意出来なかったが、棺の彼はスーツにネクタイ、オシャレな帽子まで被っていた。会社のスタッフの、精一杯の心遣いだったのだろう。

 29日に火葬したが、富山への直行便が5月1日までなかったので、平成最後の日である30日は中国人スタッフの提案で大連を観光し、最後に弟が働いていた会社を見に行くことになった。
 宿泊していたホテルのマイクロバスがチャーターされ、途中からは日本語の話せるガイドの女性がついて大連の街を案内してもらった。
 父方の祖父は満鉄に務めており、戦後に祖父母は大連から引き上げて来た。デパートに入っている小籠包の有名なお店で食事をしてから、旧満鉄本社を案内してもらった。
 弟が大連に単身赴任した時に、来れば大連を案内すると両親に言っていたのを思い出す。

 元号が令和に変わった5月1日の朝、家族に抱えられて弟は富山に帰って来た。10連休の最中でもあり、通夜と告別式は連休明けになった。技術者として海外を中心に単身赴任の生活が長かったので、日本での葬儀まで自宅でゆっくり過ごさせたいという家族の思いもあったのだろう。

大連の星海広場

野を駆けトンボを追いかけていた子供が
おどろきを知ったのは あれは昨日のこと
空に走る雷の音に恐れることを知り
流れ星に涙うかべたのは・・・

そして季節はめぐりめぐり
色つきの木馬は上がり下がり
私たちは時のメリーゴーラウンドに つかまったまま
引き返すこともできず
通りすぎた場所を振りかえりながら
時の輪の中をまわり続けていくだけ

 上の歌詞は、映画『いちご白書』の主題歌にもなった、ジョニ・ミッチェルの「サークル・ゲーム」の日本語訳。
 この曲を最初に聴いたのはジョニ・ミッチェルのものではなく、中学生の頃に買ったアグネス・チャンのLP『ひなげしの花』のB面一曲目に収録されていた「サークル・ゲーム」でだった。
 当時、自分でギターを弾いて歌う香港から来たアイドルに、ちょっと魅了されていた。
 ちょうど10年前の5月8日、その頃担当していた雑誌の連載でアグネスの自宅に伺いポートレートを撮影した。その時も撮影しながら、少しでも気を引こうとファンだったことを彼女に話した。
 「サークル・ゲーム」は香港での彼女のデヴュー・シングルのようでもあり、思い入れのある曲のようだ。

<時のメリーゴーラウンドに つかまったまま 引き返すこともできず 通りすぎた場所を振りかえりながら 時の輪の中をまわり続けていくだけ>
 人生とは、そんなものかも知れないな。そして、なんて美しい曲だろうと思う。
 弟の訃報を知って何日かは、口の中が苦かった。何を飲んでも苦い水のようだった。

*写真は、大連の星海広場。大連には4泊したが、空はいつもこんな感じで遠くのビル群が霞んで見えた。PM2.5と、海に近いので霧が出るのだろうか。

 You Tubeから「Agnes Chan/The Circle Game」「Joni Mitchell/ The Circle Game 」。

5月4日(土)

 5月5日に行なわれる城端曳山祭の本祭りは何度も見ているが、宵祭りはまだ見ていなかったので今年は4日の宵祭りを撮影に行く。
 3日の北日本新聞に詳細なお知らせが出ていて、宵祭りは午後5時〜10時まで6ヶ町の各山宿で飾り山の展示。御旅所となっている「じょうはな座」では午後6時から獅子舞、お着儀、浦安の舞、城端讃歌、庵唄の奉納披露。曳山会館前では獅子舞、浦安の舞、城端讃歌、庵唄合同披露というプログラムになっていた。
 自転車で戸出駅まで行き、 16時59分発の城端線に乗車し、終点の城端駅に17時36分に到着。駅を出て町の中心部まで歩き、各山宿の飾り山を見学する。
 山宿の奥には御神像の人形が飾られ、両側には屏風、手前には花が生けられている。

飾り山宿

↑6ヶ町の山宿。上段左:今年の一番山・東上町の山宿。御神像は寿老/上段右:二番山・大工町の山宿。御神像は関羽・周倉/中段左:三番山・西上町の山宿。御神像は恵比須/中段右:四番山・東下町の山宿。御神像は大黒天/下段左:五番山・出丸町の山宿。御神像は布袋/下段右:六番山・西下町の山宿。御神像は堯(ぎょう)王。

じょうはな座での神事、子供たちの合唱
庵唄の奉納

↑祝詞奏上(左)と「城端讃歌」の合唱(右)。

 山宿の撮影を終えて御旅所となっている「じょうはな座」へ。最初の演目は獅子舞だったが、10分ほど遅れて会場へ入ると既に終わっていて、宮司による祝詞奏上が行なわれていた。祝詞奏上の後、稚児巫女による「浦安の舞」、城端小学校4年生による「城端讃歌」の合唱、そして今年の一番山になった東上町から順番に各町の庵唄の奉納が行なわれた。

 最初に奉納した東上町の庵唄を聴いてから、曳山会館での催し物が気になったので出かけてみると、先ほど「じょうはな座」で奉納した稚児巫女による「浦安の舞」が披露されていた。
曳山会館での浦安の舞と剱鉾御宿
じょうはな座での庵唄の奉納

↑曳山会館前での「浦安の舞」と剣鉾お宿。

 巫女による「浦安の舞」を見終えて再び「じょうはな座」へ戻る途中、山宿のように座敷を開放している家があったので覗いてみると「劍鉾御宿」の貼り紙があった。明日の神輿行列で、一番前で先導する剣鉾を祀った宿だった。
 じょうはな座に戻って、庵唄の奉納をゆっくり観賞。

 最後の6番山である西下町の庵唄奉納が終わったのが19時45分頃だった。「じょうはな座」での神事、奉納が全て終わったので、再び曳山会館前へ。こちらでも「じょうあな座」での奉納が終わった町内から庵唄を披露している。
曳山会館での庵唄の披露
庵唄の町流し

↑曳山会館前でのステージは、今年の一番山である東上町の曳山「鶴舞山」がステージの後に飾られている。

 曳山会館前のステージでも、最後を務める西下町の庵唄まで聴いた。こちらの方の終演は20時10分頃だったろうか。
 城端駅へ戻る途中、アチコチから庵唄が聴こえてくる。ステージが終わった各庵屋台が、町内を流しているのだろう。

 今年の各町の奉納した庵唄の曲名が曳山祭りのパンフレットに記載されており、一番山である東上町が「薄墨」、大工町が「草の葉に」、西上町が「空ほの」、東下町が「重ね扇」、出丸町が「花筏」、西下町が「浅くとも」となっていた。
 城端駅を20時40分発の電車で戸出駅へ。21時14分に戸出駅に到着し、駐輪場に置いていた自転車で家へと帰った。

*北日本新聞の記事1

5月2日(木)

 井波よいやさ祭りの名で知られる、井波八幡宮の春季例大祭。昨年は5月3日の本祭りを撮影したが、今年は5月2日に行なわれる宵祭り(宵宮)を見に行く。
八日町通り
 井波までは城端線で福野駅に出て、折りたたみ自転車を漕いで行こうと思っていたが、そんな元気がなかったので妹に車で送ってもらった。
 宵祭りの祭典は17時からだが、家を16時に出発して16時半過ぎには到着した。
 観光案内所のある交通広場で降ろしてもらって、八日町通りを歩くと御旅所には大神輿3基と、隣りに子供神輿3基(今年から1基は女性が担ぐ華神輿になる)が安置されていた。
↑御旅所に安置された大神輿(右)と、隣りのテントに置かれた子供神輿(左)。
↑瑞泉寺と境内の藤棚。

 祭典まで少し時間があるので、八幡宮へ向かう途中にある瑞泉寺に寄る。
 拝観料が無料だったので、境内に入って藤棚を撮影して来た。
 瑞泉寺を出て八幡宮の境内に着くと、ちょうど神職と舞を奉納する稚児巫女が社殿へと参進するところだった。

←境内を参進する神職と稚児巫女。

社殿での神事
 17時になり拝殿で祭典が始まった。修祓、献饌、祝詞奏上、「浦安の舞」奉納、玉串奉奠、撤饌。祭典の執り行われている時に囃子が聴こえるので境内の方を見ると、獅子舞の一行が参道を上がって境内に入って来る。
 獅子舞の奉納をするのは3町で、山下、東町、下新町の順に入って来た。
祓いの舞01
 1時間ほどの祭典が終わると、ご神体を手に抱えた神職が社殿の前に並ぶ。これから3体のご神体を御旅所に安置してある大神輿までお運びするが、その前に3町の獅子が祓いの舞を順に奉納する。
祓いの舞02
↑ご神体を抱えた神職の前まで進み出て、祓いの舞を行なう獅子。舞を奉納すると、順に御旅所へと向かう。
ご神体を御旅所へ
 3町の獅子舞奉納が終わり、幣を持った神職を先頭にご神体をお運びする一行が御旅所へと移動する。10分弱で御旅所に到着すると、八幡宮の宮司ほか3名がそれぞれのお神輿にご神体を安置する。
 ご神体がお神輿の中に納められると、神職はそのままお宮の方へ戻られた。
獅子舞の奉納
浦安の舞の奉納

↑御旅所での獅子舞奉納。

 お神輿にご神体が安置されると、今度はお神輿の前で3町の獅子舞が奉納される。順番は同じく山下、東町、下新町で、この順は毎年変わらないそうだ。
 1時間ほどかけて獅子舞の奉納が行なわれた後、今度は稚児巫女による「浦安の舞」の奉納。
 そして4町の屋体(井波は屋台ではなく屋体)囃子の奉納へと続く。

屋体囃子の奉納01
屋体囃子の奉納02

↑上新町の屋体囃子の奉納。

 20時頃になり御旅所の前に上新町の太鼓屋体が到着し、屋体の後に囃子方が並んで屋台囃子の奉納。
 屋体囃子を奉納するのは上新町、今町、北川北新町、八日町の順で、今町以外は太鼓屋体だけが御旅所の前に置かれる。

←4町で唯一、庵屋体も一緒に並んで屋体囃子を奉納する今町。

 稚児巫女による「浦安の舞」の奉納の前に、妹が両親を連れて御旅所に到着。今町の屋体囃子奉納を途中まで見て、寒くなってきたので引き上げることに。家に帰る前に、お腹が空いたので石動駅裏にある台湾料理店で遅い晩ご飯。醤油ラーメン3つ、餃子1皿、天津飯、鳥の唐揚げを4人でシェア。鳥の唐揚げが食べきれなくて、テイクアウトにしてもらった。

*北日本新聞の記事

4月へ