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○1月1日(日) 平成3年生成人記念闘牛大会~成人杯・前田村清杯Wタイトルマッチ~/伊藤観光ドーム闘牛場 午後2時開始
○1月2日(月) 第3回全島中量級・ミニ軽量級優勝旗争奪戦徳之島町大会/伊藤観光ドーム闘牛場 午前10時開始
○1月3日(火) 第3回全島一・軽量優勝旗争奪戦平土野大会(仮称)/平土野闘牛場 午前10時開始
○1月4日(水) (新春)全島若手オールスター闘牛大会/伊藤観光ドーム闘牛場 午前10時開始
○1月5日(木) 新成人のつどい/奄美文化センター 午前11時〜
○1月5日(木) 第34回紬の日/ティダモール中央通りアーケード
○1月14日(土) ナリムチ
○1月22日(日) 龍郷観察/8時50分に本茶トンネル駐車場(8時30分、オートバイ屋の前)
○1月25日(水) 本の返却期限
○2月4日(土)〜2月26日(日) あまみシマ博覧会
○2月15日(水) 本の返却期限

道の島交通では、7月16日より路線バスの乗り放題券を発売しています。大人1日間2000円、2日間2500円、3日間3000円、4日間3500円、5日間4000円、6日間4500円、7日間5000円で協賛施設での特典も付いています。詳細はこちら

市の広報誌「奄美市だより」12月号に、2012年(平成24年)奄美大島の主な年中行事一覧が載っていたので転載。
○旧正月:旧暦1月1日→新暦1月23日(月)
○歳の祝い:旧暦1月2日/新暦1月2日(月)(※1)
○ナリムチ:(小正月の前日)新暦1月14日(土)
○山神祭り:旧暦1月16日→新暦2月7日(火)
○サンガツ節句:旧暦3月3日→新暦3月24日(土)
○ハマオレ(ハマオリ):旧暦4月の寅の日、あるいは甲の日に行うところが多い。
○ゴガツ節句:旧暦5月5日→新暦6月24日(日)
○七夕:旧暦7月7日→新暦8月24日(金)
○旧盆迎え:旧暦7月13日→新暦8月30日(木)
○旧盆送り:旧暦7月15日→新暦9月1日(土)
○88の歳祝い:旧暦8月8日→新暦9月23日(日)
○アラセツ(※2):旧暦8月7日→新暦9月22日(土)(※3)
○八月十五夜(※4):旧暦8月15日→新暦9月30日(日)
○シバサシ:旧暦8月13日→新暦9月28日(金)
○タネオロシ:旧暦9月の日柄の良い日(地域・集落によって日程が異なる)
○旧暦9月9日(※5)→新暦10月23日(火)

※1‥以前は旧暦の1月2日に祝っていましたが、近年は新暦の1月2日に行う家庭が多いようです。
※2‥秋名アラセツ行事[
ショチョガマ・平瀬マンカイ]:龍郷町秋名(国指定)、佐仁の八月踊り:笠利町佐仁  等
※3‥アラセツ行事は、旧暦8月の最初の丙の日に行われます。(地域・集落によって多少日程が異なる場合もあります。)
※4‥油井の豊年祭:瀬戸内町油井(県指定)、十五夜綱引き:小湊 等
※5‥諸鈍シバヤ:瀬戸内町諸鈍(国指定)、クンチ祭り:西仲勝 等

○福島第一原発事故に関するリンク集 http://www.scn-net.ne.jp/~onodak/news/index.html
○DAYSから視る日々 http://daysjapanblog.seesaa.net/
○Shinya Fujiwara official site Talk&Diary http://www.fujiwarashinya.com/talk/index.php
○独立系メディア今日のコラム 青山貞一・池田こみち http://eritokyo.jp/independent/aoyama-column1.htm
○小出裕章(京大助教)非公式まとめ http://hiroakikoide.wordpress.com/
○twitter#genpatsu http://twitter.com/#!/search?q=%23genpatsu
○twitter#fukushima http://twitter.com/#!/search?q=%23fukushima
1月31日(火)

 お昼のTVニュースで、龍郷町・長雲峠の緋寒桜が満開を迎えていると話していたので、さて名瀬の緋寒桜はどんな案配?と自転車で出掛けようとしたら後ろのタイヤの空気が抜けている。ちょっと前にもペタンコになっていて、空気入れでパンパンにしたらその日はそのまま走れたんだけれど・・・。もう一度空気を入れて、パンク修理が500円の自転車屋さんへGO。
 あいにくご主人は他のお客さんのお相手をしていたが、奥さんが対応して下さり空気が抜けた事を話すと虫ゴムが原因かもと点検。タイヤのバルブを外してみると、虫ゴムが破けているということで新品と交換してもらった。修理代はいくらですか?と聞けば「100円」。200円でも300円でも安いな〜と思うのに、100円。とことん良心的です、ありがとう(*´д`*)。
 郵便局でお金をおろし、家賃を払ってから名瀬港をくるっとまわって浦上へ。
 浦上川沿いの桜並木を見に行くが、大島工業高校前に1本満開の緋寒桜があるだけで、あとはまだほとんど蕾みばかり。
 国道58号に上がって本茶トンネ ルの少し先にある桜並木へ行ってみる。こちらは五分咲きくらいのもあれば、ほとんど蕾だけという木もある。名瀬の緋寒桜、見頃はもう少し先のようだ。
 1本、同じ枝にピンクと白の花を咲かせている珍しい緋寒桜がありました。

緋寒桜
↑緋寒桜は下向きに花を咲かせる。花が開いたところを撮ろうと思えば見上げなければならず、必然的に逆光です。今日は曇り空。柔らかい光で透かされた花びら。これはこれで美しい。輪郭に現れるフリンジが少し気になるけれど。
↓トキワギョリュウの間から、濃いピンクの緋寒桜。→松にちょっと似ているトキワギョリュウ(モクマオウ)。先端の白い部分は花かな?
トキワギョリュウの花
緋寒桜とトキワギョリュウ

 帰りも浦上川沿いをしばらく走り、ダイエーに寄って食材を購入。久しぶりにケララカレー。レシピにリンゴ半分を擦りおろすと書いてあるが、リンゴは高いので安売りしていたミックスフルーツジュースで代用。

 本日のスナップをPhoto Albumにしました。こちら

近田さんと川勝さん
 今日の未明、川勝正幸さんが火事で亡くなられたのをニュースで知る。
 川勝さんとお仕事をご一緒したのは、たぶん一度だけかな?
 1989年のミュージックマガジン。何月号かはわからないが、近田さんの特集だったか、ビブラストーンとしての特集だったか。
 ミキシングルームの後方にあるソファーで、近田さんと話している川勝さん。
 それにしても、昨年から突然の訃報に驚かされてばかり・・・
 
小泉今日子with近田
近田春夫&ビブラストーン

↑近田春夫&ビブラストーン
←小泉今日子with近田春夫
 1989年3月。ビクター青山スタジオにて撮影。

 You Tubeからビブラストーン「ジェットコースター」「調子悪くてあたりまえ!」。
1月29日(日)
 ず〜っと雨;(´Д`)。
 左は昨日の雨模様。名瀬港を挟んだ対岸にある小浜方面を部屋の窓から撮影。右は今日の雨模様。買物がてら寄った、朝仁海岸。
昨日と今日の雨模様
 雨が降り続く一方で、山からは水蒸気となって空に上っていく。こんな風景を見ていると、マッチポンプ式に雨が降り止む事はないんじゃないかと思えてくる。
 水蒸気が立ち上る林道を、何回か車に乗せてもらって走ったことがある。濃い霧に覆われた道は、昼間であっても恐ろしく視界が狭い。ほんの数メートル先が見えない。
 夜の林道を走っていたときは、斜面を這うように前方から霧が流れて来た。車のライトに照らされた様は、ステージを演出するスモークのようだった。
 週間天気予報、傘のマークは明後日だけになった。でも毎日雲が付いている・・・orz。
1月27日(金)
 雨。週間天気予報には、ずらり雲と傘が並んでいる。
雨の名瀬港
1月26日(木)
 久しぶりに晴れ。昨日スーパーの安売りで買ったランチョンミートを焼いて、イカスミ汁と一緒にポーク玉子定食を作る。
 昼ご飯を食べて、久しぶりに富田酒造の横の道から、らんかん山を上る。広場の緋寒桜はまだ蕾だった。くれないの塔まで行って戻って来る。それにしても、らんかん山の坂は急だ。ちょっとした滑り台や、流れるプールくらいの傾斜はあるんじゃないだろうか?スニーカーを履いていても、ツツツっと転びやしないかと心配になる(汗)。
 せっかくの日射しを楽しもうと、自転車で小湊へと向かう。一昨年の豪雨災害で土砂が崩れてず〜っと工事をしていた朝戸トンネル手前は、いつのまにか片側通行が解除されていた。朝戸トンネルを自転車で走る度にマスクを用意しようと思うのだが、いつもしっかり忘れてしまう。
 名瀬市街から小湊までは西中勝経由で行く事が多かったけれど、最近、名瀬勝経由の方が近いように思う。まあ、ほんの少しだろうけれど。
 名瀬勝から小湊に向かう橋の上から川を眺めると、なんだかドラマティックな風景に見えた。強い日射しと、たくさんの雲が遮るコントラスト。
名瀬勝の橋からの風景
小湊集落の猫
↑名瀬勝から小湊に向かう橋からの風景。
←小湊集落にて。日向ぼっこする猫。
↓本通り沿いにある、カトリック小湊教会。
小湊の教会
小湊の集会所
 小湊集落の外れにある厳島神社に参拝し、神社の裏から展望台に上る。ここの坂もらんかん山同様に滑り台級の傾斜だ。
 小湊には何回も来ていたのに、今日初めて共同墓地の横に、土俵を供えた集会所(正確には小湊ヘキ地保険福祉館)があるのを見つけた。
 集落の路地を自転車でぶらぶらして、名瀬勝経由で帰宅。
 日中は3枚重ね着すれば過ごせたが、日が暮れると寒くなる。
 明日からまた暫くは雲と傘のマークが並ぶ。それでも日は少し長くなったかな。
 本日のスナップをPhoto Albumにしました。こちら
スナップ
1月25日(水)
 借りていた本の返却期限日。読み終わった3冊を返し、読み切れなかった2冊を延長してもらう。
 図書館からの帰り道、アーケード街でリュックを買う。昨年ニシムタで買ったリュックは、ファスナーこそ壊れていないが生地が破れてしまって、バックの意味が半分ほどないような代物になってしまった・・・orz。980円という値段相応に薄い生地だったのもあるし、パンパンに物を詰め込み過ぎたようだ。
→今日買ったリュック。1050円。やはり生地は薄い気がする。
今日買ったリュック
南海日日新聞の記事
↑土曜日に行なわれた紅葉観察会の様子が、翌23日の南海日日新聞に掲載されていたというのを何人かの方から教えていただいたので、今日新聞社に寄って買って来た。写真の場所は、大和村の一番西の集落、今里から宇検村に抜ける道です。

→1パイ345円だったミズイカ。胴は刺身に、墨は味噌汁に入れてイカスミ汁にして食べた。ゲソとミミは、明日焼いて食べよう。
ミズイカ

電力需給 政府今夏試算6%余裕伏せる」「政府の原災本部 議事録を作らず」←空いた口が塞がらない、と言うか犯罪レベルだと思う。
 九電は九電で「九電玄海原発、試験片を廃棄か 原子炉劣化の目安」。この事に対して小出裕章(京大助教)さんは、「玄海1号は98℃でガラス化 試験片の回収は可能だと思います」と話している。

ひと晩たてば 政治家の首がすげかわり 子分共は慌てふためくだろう 闇で動いた金を 新聞は書きたてるだろう
ひと晩たてば 国境を戦火が燃えつくし 子供達を飢えが襲うだろう むき出しのあばら骨は 戦争を憎みつづけるだろう
アジアの片隅で 狂い酒飲みほせば アジアの片隅で このままずっと 生きていくのかと思うのだが

 You Tubeから「アジアの片隅で/吉田拓郎」。
 1982年に行なわれた王様達のハイキング・ツアーの日本武道館でのライヴ。この日、私は舞台の袖でメトロノームを横に置き、次の曲のテンポに合わせてスイッチを押して明りを点滅させ、ステージにリズムを知らせる人間ドンカマをやっていました(笑)。このコンサートは『王様達のハイキングin BUDOKAN』として2枚組のアルバムになっていますが、「アジアの片隅で」は収録されていないので貴重な映像です。

1月23日(月)
 今日は、旧暦の元旦。夜中に寒くて一度目が覚めた。
 お年玉付き年賀はがきの引き換えが今日からなので、郵便局へ行って来た。今年は、4等の切手が1枚当たりました。
お年玉切手
←今年のお年玉切手。

右記最終期日までにお支払いがない場合は、不本意ではございますが、ご不在中でも送電をお断りいたしますのでご了承ください。と書かれている。
電気料金請求書

 11月、12月の電気代の催促状と1月の請求書を持って九州電力の営業所へ。3ヶ月分をまとめて払う。
 電気代を2ヶ月も滞納したのは初めて。基本的に借金が嫌いなので、ローンで物を買う事もないしクレジットカードを持った事もない。電話代や光熱費、家賃もうっかり忘れて何日か遅れる事はあっても滞納した事はない。
 今回はツイッター#genpatsuにあった、電気料金不払いの呼びかけに応じたもの。不払いといっても払わなければ電気を止められるので、それまでは抗議の意思表示として支払いを拒んでみようというもの。
 発端はカルメン・マキさんのブログにあった昨年11月19日の日記「電気」なのかも知れない。
 抗議の威力の程はわからないが”電気を止めますよ”という支払い期日まで、ささやかな抵抗を試みた訳です。何人が不払いを試みたかわからない。100人や1000人がやっても電力会社には蚊に刺されたほどの痛みもないだろうが、10万人が同時にアクションを起こせば少しは何かが動くかも知れない。何でもいいから、やらないよりはやった方がいい。
 さて、2ヶ月滞納して遅収加算という請求項目があるのを初めて知った。早収料金の3%を加算するもので、延滞金です。11月分に対して85円、12月分に対して96円が上乗せされた。
 ささやかな抵抗を試みて、181円の返り血を浴びたという感じだろうか(笑)。

 電気料金の驚異のからくり「総括原価方式」。こんな無茶苦茶な料金設定がまかり通る事が不思議でしょうがない。

1月22日(日)
 自然写真家・常田 守さんの案内による、龍郷町の自然観察会。
 朝8時半に自宅の前で常田さんの車に拾ってもらい、集合場所の本茶トンネル先の駐車場へ。ここで一緒に常田さんのレクチャーを受ける地元ガイドさんや、新聞記者の方々と合流。
中勝集落のリュウキュウマツ

 まずは中勝集落の墓地に立つリュウキュウマツを見学。昨年10月にも一度常田さんに連れて来てもらったが、アコウとガジュマルの2種類の木が着生し、それぞれの木根が松の幹に絡まり絞め殺されそうになっています。
 奄美で一番大きいホームセンター、ビックツーでトイレ休憩&お昼ご飯の弁当を購入してから、今日のメインの観察場所である市理原(いちりばる)へ。
 市理原は、戸口から屋入峠へ行く途中にありました。

←中勝集落のリュウキュウマツ。
→市理原の林の中。道が大きく崩落している箇所もあります。

市理原探検
 アスファルトの道路から林の中へ入り、崩落した道の横や沢伝いに歩いて市理原探検。昔集落の人が労働の後に川の中へ焼いた石を投げて湯治した場所は、土砂崩れで塞がっていましたが、昔の田んぼ跡は残っていました。
↓幹まわりが5メートルほどの大きなオキナワウラジロガシ。→斜面が急だからか、板根が発達したオキナワウラジロガシ。
立派な板根を持ったオキナワウラジロガシ
幹まわり5メートルほどのオキナワウラジロガシ
 田んぼの跡やオキナワウラジロガシを見た後、じょうごの滝へ。じょうごには、こんな伝説があるようです。
 「かんつめ節」に唄われる、宇検村のかんつめ。「塩道長浜節」に唄われる、喜界島のけさまつ。「むちゃ加那節」に唄われる加計呂麻島・生間のうらとみ、むちゃ加那。奄美には、悲しい伝説とそれを歌った島唄が多い気がします。
じょうごの滝
絞め殺しの木(アコウ)01
絞め殺しの木(アコウ)02
↑→絞め殺しの木(アコウ)。幹のように見えるのは木根が成長したものです。

 じょうごの滝を見た後、車に戻ってお弁当を食べてから、本日のハイライトである「絞め殺しの木」を観察。
 wikipediaから引用すると、
 絞め殺しの木は着生植物として成長を始める。多くの場合種子は鳥によって散布され、宿主となる植物の樹上の幹の表皮の割れ目などに落ちて発芽する。種子が発芽すると、その苗は地面へと根(気根)を伸ばして地表に達すると幹として太くなり、さらに多くの根が宿主の表面を覆うようになる。その一方、枝は上方へと成長して宿主の樹冠を超え、日光を得る。
「絞め殺し」の結果として宿主側の植物が枯死した場合には、絞め殺しの木の中心部分(宿主植物があった部分)が円筒形の空間となり、しばしば空いたまま残る("columnar tree")

絞め殺しの木(アコウ)の内部を撮影。アコウが着生した宿主である木は枯れて空洞になっており、今となっては宿主が何の木であったのかすらわからない。

絞め殺しの木(アコウ)の中

 観察会が終わったのは2時半頃だったろうか。常田さんの車で送っていただき、さっそく撮った写真を現像。このアコウの木、何かに似ているな〜と思っていたらガウディのサグラダ・ファミリアの塔にちょっと似てますね。
 あ、余談ですがスペインのサグラダ・ファミリア(聖家族教会)は未完成ですが、奄美大島の山間集落には聖家族教会というカトリック教会がすでに建っています。

 本日のスナップをPhoto Albumにしました。こちら

1月21日(土)
 朝8時30分に長浜公園集合で、大和村方面へ紅葉の観察会。嶺山公園、志戸勘集落と寄り道しながら今里へ。今里でお昼ご飯を食べて、集落の中を散歩してから帰途に着く。
 途中、大棚から林道に入りマテリヤの滝、フォレストポリスを見学。長浜に戻ったのは4時頃だった。
紅葉
↑志戸勘集落にて。奄美で紅葉するのはハゼくらいだと思っていましたが、シマサルスベリ、イヌビワ、アコウなど色々あるようです。
マングース
サーフィン
切り干し大根
↑車にぶつかったのだろうか?路上に倒れていたマングース。 ↑戸円の海岸にて。2人サーフィンを楽しむ人がいた。 ↑今、奄美のアチコチで大根が干されている。
マテリアの滝の前で記念写真
今里集落

↑今里集落の好きな風景。ここも来る度にシャッターを押してしまう。

←マテリヤの滝の前で、紅葉の観察をご一緒した方々の記念写真。

 本日のスナップをPhoto Albumにしました。こちら
1月18日(水)
 昨日に続いて今日も晴天。やっぱり気持良い(*´д`*)。午後から根瀬部まで、一っ走り。
 定番のコースとなった朝仁海岸から小宿漁港、小宿の集落から里集落を通り、知名瀬トンネルを抜けて知名瀬集落に辿り着く。
 昨日は瀬留の教会を撮影したので、今日はカトリック知名瀬教会。昨年の11月26日に前を通ったときはペンキを塗り直している最中だったが、そのせいもあって壁が日に当たってピカピカしている。白と茶色のコントラストが美しい。
 海岸近くの共同墓地に寄ってみる。ナリムチを飾っているお墓はないですね。それとも、もう片付けてしまったのか?
 海沿いの道を走り知根小学校を過ぎて根瀬部トンネルを抜けて、根瀬部の集落に入る。集落の中央にある共同墓地に寄ってみましたが、こちらでもナリムチを見る事はなかった。名瀬市でもナリムチの習慣は小宿までで、知名瀬からはないのかもしれない。根瀬部から先、大和村方面がどうなのか気になる所です。
 集落の中を自転車でウロウロしてから帰途へ。根瀬部トンネルは使わず、海に突き出た小さな岬をぐるっとまわる道を走ってみる。目に見える風景はあんまり変わらないだろうと思っていましたが、少し海側に出るだけで見えるものが大きく変わった。新鮮な発見。
知名瀬の教会
根瀬部のバス亭
根瀬部の海岸と集落
↑写真左は、カトリック知名瀬教会。右上は前を通る度についつい撮影してしまう根瀬部のバス亭。右下はトンネルができる前は知名瀬と根瀬部を繋いでいた小さな岬をぐるっとまわる旧道から撮った、根瀬部の海岸と集落。
小宿の路地

 行きは素通りだったので、帰りは小宿の集落をゆっくり走る。共同墓地には昨年と同様にナリムチが飾られている。枝から外れた色付きのお餅が雨に濡れて溶け、墓石の上にキレイな模様を作っている。 
 朝仁のスーパーに寄って、すっかり寂しくなった冷蔵庫の補給。

 本日のスナップをPhoto Albumにしました。こちら

←ゆるくカーブした小宿集落の路地にて。ここも好きな道だな。

スナップ
1月17日(火)
 15、16日と二日間雨が続いて買物に出なかったら、冷蔵庫の中が寂しい事に(;´Д`)。とりあえず、あるもので料理。
 タマネギとニンジンをみじん切り、冷凍してあった鶏肉も小さく切ってご飯と炒めてチキンライスを作り、卵で包んでオムライスの出来上がり。
 せっかく晴れたので、午後からサイクリングへ。13日は中勝からビックツーの先を右折して戸口の方へ行ったので、今日は真っすぐ龍郷湾へ出る。龍郷湾に沿って左に曲がり、瀬留へ。道路沿いに、山を背景に白が美しいカトリック瀬留教会の建物が現れる。
 奄美大島には集落ごととまではいかないけれど、それでも「えっ!」と思うような小さな村にも教会があったりする。それも手作りっぽい感じの、可愛い建物の教会が多い。
 奄美に来て一番最初にキレイだな〜と思ったのが、この瀬留教会だった。いつもは道路からパチッと撮るだけでしたが、今日は敷地に入って何枚か撮らせていただいた。
 奄美のカトリック教会についてはこちらこちらを参考に。
瀬留の教会
オムライス

↑寂しくなった冷蔵庫の中を利用して、巨大なオムライスを作成。

←カトリック瀬留教会(聖ヨせフ)。白く塗られた壁板が美しい。

 瀬留集落の中を少しブラブラしてから、龍郷湾沿いの道を少し行ったところにある共同墓地でカトリック司祭ブイジュ師のお墓を訪ねる。階段を上がって海よりの所に十字架の立っているお墓があり、名前が彫ってあった。
↓→カトリック司祭ブイジュ師のお墓。ちょうど十字架に、スポットのように日が当たっていた。
お墓の十字架
カトリック司祭ブイジュ師のお墓
平家漁法跡

 ブイジュ師のお墓からもう少し秋名よりにある、久場の立神まで行って帰途につく。
 大勝、中勝を通り本茶トンネルを抜けて名瀬市街へ。
 ダイエーに寄って晩ご飯用に天ぷら2つとパンをいくつか、ウインナーを買って帰る。

←瀬留教会の近くには、平家漁法跡が残っている。湾の中に石垣で囲いを作り、満潮時に入って来た魚を干潮時に捕まえるものだと思う。これと同じものが加計呂麻島の木慈にも残っている

 天ぷらうどんと、ぶどうパン、トーストという組み合せの晩ご飯を食べてから、恵沢さんのお宅で、さばくりにんさんとパソコンの勉強会。

 本日のスナップをPhoto Albumにしました。こちら

1月15日(日)
 朝9時スタートで、成人祝賀 奄美市地区対抗駅伝。雨の中を走るランナーも、先導するスタッフも、沿道で応援する人も大変だ。昨年と同じく、部屋の窓から通過するランナーを観戦。
 一日雨。今年に入ってからの日照時間は、何時間だろうか。奄美は日射しは強いが、年平均の日照時間は少ないな。
 奄美大島には電車は走っておらず、当然駅もない。それでも何故駅伝?と思っていたら、「駅伝という言葉自体は、日本書紀にも記載されているほど古いものである。首都と地方の間の道路網に30里(約16km)毎に置かれた中継所のことを「駅」といい、ここに宿泊施設や人、馬を配置していた。駅に朝廷の使者が到着すると、次の駅まで乗り継ぎの馬を用意する仕組みが整っており、この制度を「駅制と伝馬制」あるいは「駅伝貢進」といった」。なるほどね。
市民マラソン
1月14日(土)
 小正月の前日、14日はナリムチです。昨年は4色のお餅とブブ木を買って自分でも作ってみましたが、今年は作らずにナリムチの飾られている風景を撮影するだけにしました。
 昨年は朝仁や小宿の共同墓地に飾られているナリムチを撮影に行ったので、今年は小湊に行ってみようかな・・・と考えていたら、栄さんからフリーマーケットを開催するから遊びにきませんかとの電話あり。では、フリーマーケットを見学してから小湊へと考えていたら、さばくりにんさんから電話。さばくりにんさんの車で、フリーマーケットと小湊に行く事になりました。
 フリーマーケットは小浜の今は閉店している喫茶店で。アクセサリーや食器、服など色々と並んでいます。さばくりにんさんは、いくつか購入。私は無料でお持ち帰り下さいというコップを一ついただきました。
 小湊に向かう前にさばくりにんさんの案内で、カトリック名瀬納骨堂と永田墓地の奥にある広場へ連れて行ってもらう。カトリック名瀬納骨堂の入口前は何回も通っていましたが、敷地の中に入るのは初めて。永田墓地の奥から山を上る道もあるのは知っていましたが、その先から市街地が一望できるのは知りませんでした。
 永田墓地の上から高千穂神社の脇に降りて、名瀬市街から小湊に向かう。
 小湊の本通りに入ると、軒先にナリムチを下げている家が何軒か。本通りから港に出て、そこから共同墓地へ。今度は私が、3つある小湊のモーヤを案内する。
ナリムチ
小湊のモーヤ
←↑小湊集落の共同墓地にあるハータリゴ(赤中講)のモーヤにも、花と一緒に赤、白、黄色、緑のお餅を付けたナリムチが飾られていた。
 モーヤに飾られたナリムチを撮影して小湊に来た目的は果たせましたが、せっかくここまで来たら、かねてからの私の念願だった嘉徳集落へ行ってみようということに。
 嘉徳は、元ちとせちゃんの生まれ故郷。奄美大島の南部、瀬戸内町の集落ですが、道の島バスは国道58号沿いにある嘉徳集落の入口までしか通っていない。入口から集落までは山道をかなり歩くみたい。瀬戸内バスは集落まで通っていますが、オンデマンド運航で前日に予約しないとバスが来ない。予約できるのも住民の方だけのようだ。そんなわけで、車がないと行けない陸の孤島のような集落?奄美の中でも、アクセスの大変な場所だと思う。
 実際今日、さばくりにんさんの車で国道58号の入口から嘉徳集落まで乗った感じでも、思っていた以上に距離がありました。たぶん歩くと2時間ほどかかるのでは?
 集落の共同墓地で鍋加那さんのお墓をお参り。瀬戸内町の方はナリムチの習慣がないので、色とりどりのお餅が飾られているお墓はありませんでした。それでも「奄美の島 かけろまの民俗/鹿児島民俗学会編」の第五章 年中行事によれば、黄金餅(十四日)コガネムチともキンナリともいって餅を小さく四角に切って柳の木にさしたものを家の入り口、部屋の四隅にさしたり墓にも供えるというのが、諸数(しょかず)、花富(けどみ)部落などでみられる、と記されているので瀬戸内町でも加計呂麻島の一部では似た感じの風習はあるようです。
 集落からアダンの林を抜けて、嘉徳の海岸に出る。コンクリートの防波堤やテトラポットの無い浜辺。奄美大島の中でも、これだけキレイな砂浜が広がっている海岸は珍しいと思う。
 あいにくの小雨が降ったり止んだりの天気でどうかな〜?と思っていましたが、美しい海でした。
 海をしばらく撮影した後、藍染めをされている「よしかわ工房」へ。家に入れていただき、イノシシ汁とお漬け物、すき焼きをご馳走になる。イノシシ汁は初めて食べましたが、クセもなく美味しくいただきました。ヤギ汁を食べた時も思いましたが、お肉よりもスープが美味いな〜。このスープに素麺を入れて食べたら最高だと思う。
嘉徳の海岸
イノシシ汁

←ご馳走になったイノシシ汁。コトコト煮込んであって、柔らかいお肉。毛はけっこう付いたままでしたが(汗)。
↓口を大きく開けて戦闘態勢のヒメハブの子供。まだ小さいので撮影後、放しました。

ヒメハブの子供

 よしかわ工房さんですっかりご馳走になり、時間も遅くなったので名瀬へと帰る。
 国道58号に出たら後は1時間ほど真っすぐ走れば名瀬の市街ですが、クロウサギ、いないかな?と言うことになり奄美の夜の森探検。瀬戸内町の林道と、住用村の林道に寄り道。
 瀬戸内町の林道でクロウサギを1羽目撃、住用村の林道でヒメハブの子供1匹、(ケナガ?)ネズミ1匹、リュウキュウイノシシ1頭、クロウサギ1羽(さばくりにんさんだけ)、ハナサキガエル1匹目撃。
 名瀬に着いたのは10時頃だったか。思いがけず長い一日になりました(笑)。

 You Tubeから「嘉徳なべ加那節/武下和平」「ハイヌミカゼ/元ちとせ」「ワダツミの木/元ちとせ」。ちなみに今日、ワダツミの木を名瀬から嘉徳に行く途中に寄った奄美の植物写真家・山下 弘さんの住用村にあるギャラリー「わだつみ館」で見ました。

 本日のスナップをPhoto Albumにしました。こちら

1月13日(金)
 奄美大島の南部・瀬戸内町の方では、ちらほらと緋寒桜が咲き始めたようなので、名瀬でも咲いていないか午後からサイクリングがてら自転車を走らせる。
 名瀬港をぐるっと回り、鳩浜、大熊を過ぎて有屋の方へ。浦上神社の方へ行くはずが仲勝に出た。なんとか軌道修正をして浦上へ。昨年、浦上川沿いに緋寒桜が咲いていたので探してみたが、蕾もまだだ。
 国道58号に出て、龍郷方面へと走る。本茶トンネルから中勝側に抜けると、右手に短いけれど緋寒桜の並木がある。咲いていないか、ゆっくりと並木の下を走ると・・・一本だけ咲いていた!気が早いのか慌てん坊なのか、本当に一本の木だけが濃いピンクの花を付けていた。
緋寒桜
←本茶トンネルを抜けたら直ぐにある、短い緋寒桜の並木。気の早い一本が花を咲かせていた。
↓近くでは葉を黄色や赤に染めて紅葉も見られる。奄美では、桜と紅葉が一度に見られます(笑)。
紅葉
 せっかくここまで来たので、そのまま58号をひた走る。龍郷湾に出て瀬留の方まで行ってみようか?とも思いましたが、ビックツーを過ぎて右折し、戸口集落に向かう。戸口に来るのは震災直後の、3月18日以来か。
 戸口漁港の防波堤に上ると、曇り空の下、喜界島が見える。漁港から集落に入り、自転車でぶらぶらと路地を走って帰途につく。
 明日はナリムチ。中勝集落、戸口集落の墓地の前を通ったら、今日すでにナリムチを飾ったお墓があった。帰りがけ、家の近所の八百屋さんでポンカンを買う。
戸口から

↑戸口集落の漁港から。今年最初に見た、太平洋側の海だ。それにしても、今年になってほとんど晴れの日がない。岩場では、アオサが少しずつ繁殖している。

↓可愛いんだか恐いんだか、微妙なアマミノクロウサギ@仲勝集落の県営住宅の壁面。

→喜界島酒造の黒糖焼酎、三年寝太蔵。三年古酒を主体に、五年から十年古酒をブレンドしてあるらしい。

↓大晦日に買ったポンカンがなくなったので、また買った。今日のは、5キロで680円。

三年寝太蔵
壁面のクロウサギ
ポンカン
 太古の黒うさぎを飲み干したので、今晩から三年寝太蔵。これで黒糖焼酎の遍歴は里の曙→れんと→ろくちょう→里の曙 瑞祥→喜界島→緋寒桜→奄美の杜→島のナポレオン→龍宮→じょうご 卯ラベル→瀬戸の灘→あじゃ30度→浜千鳥乃詩30度(飲む前に落下)→浜千鳥乃詩 原酒→加計呂麻→高倉→朝日→あまんゆ→八千代30度→里の曙BIG FISHINGラベル→弥生30度→太古の黒うさぎ→三年寝太蔵。
1月11日(水)

 東日本大震災からちょうど10ヶ月の今日、終末時計を管理する米科学誌「原子力科学者会報(BAS)」が時計を1分進めて、残り5分とした

 新年を迎えて、福島第一原発の事故についてのニュースが随分と減ったように思う。インターネットで自ら積極的に情報を求めなくては、今福島第一で何が起きているのかわからない状況だ。
 元旦の14時28分頃、鳥島近海を震源とするマグニチュード7.0の地震があり、東北から関東にかけて広い範囲で震度4を記録。その影響で、4号機の使用済み核燃料プールに隣接したタンクの水位が急に下がったと見られている。
 4号機は昨年3月の爆発により建屋が吹き飛び原形を留めておらず、1500本以上とも言われる使用済み燃料を入れたプールは無防備なまま外気に晒されている。
 「次に大きな余震が来たときに4号機の使用済み燃料プールが、本当に壊れないんだろうかということが私は不安なの、です。もし壊れてしまえば、その、政府が3月15日のころに、予想したように、250キロというようなところも、膨大な汚染を受けるようなことになると思います」と、小出裕章(京大助教)さんは語っている。
 政府が予想したという、その最悪のシナリオとは半径170キロ圏内が強制移住地域の汚染レベル、東京都や横浜市まで含めた同250キロの範囲が避難が必要な程度に汚染されるというものだ。
 政府は昨年末に早々と「冷温停止」を宣言し、原発事故が収束したかのように思わせたいらしいが、その最悪のシナリオを考慮しなくても良い程に福島第一原発が安定した状態にあるとはとても思えない。
 ところで最悪のシナリオの中に、半径170キロ圏内の強制移住地域や、避難が必要な250キロの範囲に住む人達の安全をどう確保するかという道筋は、ちゃんと描いてあるのだろうか。

 六ヶ所村再処理工場が3年ぶりに試験運転を再開。日本原燃は、ガラス固化設備に係るアクティブ試験(事前確認試験)について、1月4日の夕刻から熱上げの準備作業を開始したという。
 1988年に講談社から創刊されたDAYS JAPAN。創刊号の大特集は広瀬隆氏、広河隆一氏による「四番目の恐怖」だった。1番はスリーマイル島、2番はチェルノブイリ、3番はウィンズケール、4番は六ヶ所村。3番のウィンズケールはセラフィールドに名前が変わったが、2005年5月に放射性核燃料再処理工場、ソープ工場で高濃度の放射性物質の漏洩事故を起こしている。ちなみに、このセラフィールドの事故も、当時大手のメディアはほとんど報道しなかった
 六ヶ所再処理工場の危険性については、こちらをどうぞ。
 福島第一原発の事故は、首の皮一枚でなんとか繋がったという印象だ。あの3月11日以降、今もその状態のままだと思っている。そんな中で危険な再処理工場を再稼働する必要があるのだろうか?ましてやプルサーマル計画も綻びを見せているのに。

 You Tubeから、昨年12月4日に行なわれた広瀬隆さんの講演会「福島原発事故の真相と放射能汚染の恐怖」。約3時間ありますが、時間のある時に一度御覧になることをオススメします。
 また、明後日1月13日に神奈川近代文学館でポスト311チャリティ講演会が開催され、昼の部(1時半から)にきくちゆみさんによる「原発止めて 地球と一緒に生きる」、夜の部(午後5時から)で広瀬隆さんによる「福島原発事故の真相 と放射能汚染の恐怖 」と題した講演が行なわれます。詳細はこちら

広瀬隆さん講演会01
広瀬隆さん講演会02
↑→「危険な話 チェルノブイリと日本の運命」(八月書館)の発売後に行なわれた広瀬さんの講演会を撮影。1987年か88年頃だろうか。媒体はポップティーンだった。

 微量ではあるが鹿児島県枕崎市、指宿市で水揚げされたカツオの削り節からセシウムが検出されている。汚染は徐々に進む一方だ。
 政府は除染を進め、年間20ミリシーベルト以下なら居住できるという基準を維持したいようだが、これに対して「(20ミリシーベルト以下で)安全と思っている安全委員会の委員の家族に住んでもらって、安全を確認させていただきたい」と双葉町の井戸川克隆町長が、野田佳彦首相に伝えた。至極当然の意見だと思う。
 事故から2ヶ月程の昨年5月25日、経済産業省原子力安全・保安院は東京電力福島第一原発で放射線業務従事者でない女性社員2人が、年間限度量の1ミリ・シーベルトを超えて被曝した問題で、同社を文書で厳重注意しているのを忘れてはいけない。
 事故後、福島から子ども2人と京都に自主避難した一家は、約5千万円で新築した自宅には1年半しか住めなかった。賠償額は一家4人の総額で100万円に満たない
 何か事故が起きても、国は助けてくれない。
 四国電力の伊方原発2号機が、明後日13日に定期検査に入り、すでに定期検査中の1、3号機とあわせて全ての原発が停止することになる。
 九州電力は、玄海原発の4号機が定期検査に入り、昨年12月25日の深夜から6基ある原発が全て停まっている。九州電力は5%の節電を要求しているが、この所でんき予報を見ても安定した需給状況だ。
 東京電力も、保有している原発(国内の商業用原子炉54基のうち、東電は電力会社トップの17基を保有している)が全て停止しても、来年の夏は火力発電や揚水式発電の増強により、今夏の最大供給力を上回る約5700万キロワットを確保できるとの試算をまとめた。
 これでもまだ原発を推進する必要があるのだろうか?

 1月14日(土)、15日(日)にパシフィコ横浜で「脱原発世界会議」が行なわれます。

1月10日(火)
 このところパッとしない天気が続いている。今日も雨が降ったり止んだり。
 晴耕雨読。朝から大人しく部屋で本を読んでいる。「オキナワ マ ヨナカ/カベルナリア吉田」を読み終えて、「沖縄の風土記 沖縄は生きている」を読み始める。
屋上の猫
 しばらく前から、夜中に猫の鳴き声がする。??部屋は5階で、隣は駐車場。その隣はガソリンスタンドだ。
 駐車場の隅にでも猫が住みついたのか?でもなんだか近くから聞こえる。
 昼間、部屋の窓を開けて声のする方を探す。
 斜め向かいの3階建てのビルの屋上。エアコンの室外機の上に小さな黒い塊。子猫だ。
 飼ってるんだろうか、放置してるんだろうか。部屋に入れてもらえず、そりゃ、子猫もミャアミャア鳴くだろう。
 2月4日〜2月26日まで、あまみシマ博覧会が開催される。各プログラムの申し込みは、1月16日から。
1月7日(土)
 ふと玄関ドアに付いている郵便受けの内側を見ると、なにやら白いもの。取り出してみると、ビル会社からの新年の挨拶文と純黒糖が一袋。お年玉だろうか。
 自炊に飽きたので、新年最初の外食。矢之脇町の食堂で日替わりのキスフライ定食。キス4匹に副菜が豚肉と野菜の煮物、おひたし。生野菜、漬け物2種類、味噌汁とご飯で500円。
 今日はナンカンジョセ(七草粥)の日です。高千穂神社では七草詣を行なっているというので、行ってみた。親に手を引かれ、晴れ着を纏った子ども達が集まって来る。
高千穂神社
黒糖

↑ビル会社からのお年玉?新年の挨拶文と純黒糖。

←井根町にある高千穂神社。境内にオオタニワタリとヘゴが植わっているのは、奄美ならでの風景だと思う。

 境内を少しブラブラしてから一旦部屋に傘を置きにいって、それから朝仁海岸へ。
朝仁海岸
 長浜方面から朝仁トンネルを抜けて、少し先を右折。千年松を過ぎて右手に朝仁海岸が見える。アダンの茂み、川の先に波が見え、右手に街灯が光っている。この風景がなんだか好き。
 朝仁海岸から海沿いに小宿漁港へ走り、小宿の集落へ。小宿のカトリック教会の庭には、クリスマス用に設えられたと思う馬小屋がまだ飾られていた。 
 集落内の路地を自転車で回ってから、来た道を辿るようにして家へと帰る。
板根
←小宿漁港の海岸沿いに植えられたモクマオウの板根。強い海風に耐えるように、このような根になるんだろうか。

→小宿カトリック教会の前を通ると、まだ庭に馬小屋が設えてあった。
小宿教会の馬小屋
かんもーれで六調

 急遽、今晩築地俊造さんの島唄ライブハウス「かんも〜れ」へ行くことになったので、その前にカレーを仕込み軽く夕ご飯。
 演奏は夜8時頃からというので、それに合わせて家を出る。
 5分前くらいにお店に入り、歌が始まるのを料理を食べながら待つ。
 飲み放題コースにしたので、龍宮と加那をロックで。

←島唄ライヴの最後は、やっぱり六調で。お客さんもフロアーに出て踊ります。

1月5日(木)
 今朝、築地で新春恒例の初競りが行なわれ、大間のクロマグロが過去の最高値を大きく上回る5649万円で落札された。
 これに触発されたわけでもありませんが、自転車で大熊漁港へ行き直売所で1パック500円のシビ(キハダマグロの幼魚)のお刺身を購入。2012年最初のお買い物。
 直売所に購入したシビを預かってもらい、龍王神社へ。注連縄は飾られていましたが、神社の戸は閉められていてお賽銭は入れられず。
 直売所でシビを引き取り、名瀬港をぐるっと回って家へ。色々と雑用を済ませてから、「紬の日」のイヴェントが開催されている、ティダモール中央通りアーケードに行ってみる。
大島紬
シビの刺身
↑宝勢丸の直売所で買った、シビ。金鉱丸の直売所はいつの間にか更地になっていた。
←イヴェントに出演された、唄者の方の紬。
 アーケードの中では振る舞い酒、振る舞いせんざいが行なわれ、黒糖焼酎をロックで2杯、ぜんざいを1杯いただきました。
 島唄があり、紬を着た方々の行進があり、あまみエフエムの特設スタジオからの中継ありで、3時からスタートしたイヴェントは7時頃に終了。イヴェントの様子は、こちらに少し。
紬の日のイヴェント

 昨年11月にテレビ朝日で放映された、奇跡の地球物語「大島紬〜自然が織りなす驚異の着物〜」は面白かった。大島紬ができるまでを紹介した番組だが、図案を基に糸を一本一本染め、その染めた糸を図案に併せて織っていくという作業には驚いた(絣と織り)。素人から見れば、それは気が遠くなるような作業だ。
 大島紬については門外漢ですが、その図案のいくつかはハブの模様や、かつて島の女性が手に施していたハジチ(入れ墨)を想起させる。そして個人的には、アルハンブラ宮殿にみられるアラベスク模様。あの執拗とも思える幾何学模様を見ていると、やはりその完成までの作業を想像して気が遠くなる。 
 大島紬については、こちらをどうぞ。

 You Tubeから「糸繰り節/元ちとせ」と、今日のイヴェントで築地俊造さんがリクエストに応えて唄った「イトゥ/築地俊造・前山真吾・中村瑞希」。永井姉妹バージョンひめまりバージョンも良いですよ。
 イトゥは、仕事唄。↓こんな歌詞だそうです。こちらを参照しました。最近、好きな島唄です。
ハレ長月ぬ ティダやーヨー
ハレ夜(ゆ)ぬ暮れど 待ちゅりヨーホイヤ
ハーラーヘイヨーホ
ハレ何時(いち)が夜(ゆ)ぬ 暮れてヨー
ハレ吾が自由ぬ なりゅりヨーホイヤ..

長月の太陽(ティダ)よ
夜になるのを待ってるよー
いつになったら日が暮れて夜になるんだー
(日が暮れたら仕事が終わって)自由になるのに

1月4日(水)
 今日から仕事始めの会社も多いようですね。
 元旦こそ初詣に行き、自転車で少し走り回りましたが、2日、3日と家に籠って「おきなわの祭り/沖縄タイムス社編」を読む。返却期限の今日になって、ようやく読み終えた。
借りて来た本
 強い風の吹く中、自転車で図書館へ。3冊借りていた中の、2冊を返却し、1冊は延長してもらい、新たに4冊借りて来た。

←今日借りて来た「沖縄の風土記 沖縄は生きている」(新星図書」、「オキナワ マ ヨナカ/カベルナリア吉田」(アスペクト)、「大奄美史 奄美諸島民俗誌/昇 曙夢」(原書房)、「沖縄にとろける/下川裕治」(双葉社)。
 返却期限は、1月25日。

 珈琲のペーパーが無くなったので、図書館からの帰りに海を見がてらスーパーへ買物に行こうと思っていたら、途中から大粒の雨。今日も珈琲を飲んでいない、明日も飲めないな。
 そう言えば、今年になって初詣でチリンと入れたお賽銭しか使っていない。

「おきなわの祭り/沖縄タイムス社編」の巻末対談から
司会 神事部分ではなく、芸能部分が盛んになったということだが、今年(一九九〇年)は久高島のイザイホーが後継者がいないということで中止になった。カミンチュ(神女)が亡くなったため中止になった祭りがあるように、今日、後継者問題が焦点になっている。後継者や、それを支える区民の意識、郷友会など祭りを構成する全般的な問題をどうとらえていますか。
宜保 後継者でいえば、久高島のイザイホーに端的に現われているように、神様と人を結びつけるカミンチュが少なくなっている。
上江洲 確かにカミンチュが少なくなっている。それは久高に限らず、沖縄全体がその傾向にある。
 地域社会の農業、漁業を基盤にして村落のいろいろな活動があり、その中にもちろん祭りもあるが、それができなくなっていく。
 久高の場合だとカミンチュがいなくなっていくが、それ以前にナンチュという新しい組織、ムラの構成員となる新しい女性がいない。
 そういうふうに、ムラのこれまでのあり方がものすごく変わってきた。ある地域では、もうノロの話など分からない所もある。その意味で久高はまだそういうものがよく残っていた一例といえるだろう。
 だから、本当は信仰があり、拝む場所があり、そのあとに踊りなりが出てくるが、今は神事部分がとんで、綱引きやハーリーなどのように華やかな部分が強調されている。
 イザイホーがなくなって残念に思うが、それも時代の流れのひとつとしてやむを得ないような一面がある。
大城 本部町伊野波のシヌグでも今年からノロが出れない。それは祭りそのものが消えていくことで、ムラにとっては重大なことだ。
 それで区長さんが心配して、祭りに理解のあるお年寄りを集めてウタキで祈願をやった。
 カミンチュが祭りに登場しないということは、カミンチュがやっていた神歌も消えていくことになる。祭りそのものと、それに付随するいろいろなものが同時に消えていってしまう。

 本の発行が1991年9月。上の対談からも20年程が経っていると思われる。沖縄の祭りは、ますます変容しているのだろうか。
 奄美大島で言えば、ノロの祭祀を撮影するには20年遅かったという気がしている。20年前でもギリギリだろうか?

「おきなわの祭り/沖縄タイムス社編」の巻末にある、おきなわの祭り一覧から本で紹介されていた祭りを中心に抜粋。一覧には、この何倍もの祭りのリストが載っている。もう20年前の資料ということになるが、各地域の祭祀を網羅したリストは見ないので貴重だと思う。
 奄美群島の祭祀を網羅したリストを、どこかで作ってくれないかな〜。
干支 祭りの名称 地域 内容
  正月(マースウヤー) 粟国村 健康祈願、家内安全、豊作祈願
初午 ウェーダ(アマウウェーダ) 玉城村仲村 田植えの祭儀
  正月 知念村久高ほか 健康祈願、豊作祈願
  ハチウクシー 玉城村奥武ほか 船霊祭り、仕事始め
(新) 種子取祭 石垣市平得 稲の豊作祈願、芸能公演
  ジューロクニツ 宮古諸島、八重山諸島 祖先供養
  十六日祭り 城辺町比嘉、平良市 神女たちによる神行事
  二十日正月 那覇市辻 繁盛祝い
  パツカショーガツ(二十日正月) 城辺町比嘉 健康祈願、災厄祓い、獅子舞
戊・卯か壬・辰 ヒダガンニガイ 伊良部町佐良浜 航海安全と大漁祈願
  トーテク(土帝君) 伊是名村勢理客・諸見・内花ほか 豊作祈願
  シマクサラシ 大里村大城、糸満市喜屋武ほか 災厄祓い
15日以前の吉日 ハマエーグト 知念村志喜屋 健康祈願
6月、12月にも行なう ジョーウガン(門御願) 糸満市糸満 航海安全と大漁祈願
初酉 ナーパイ 城辺町砂川・友利 津波よけ祈願
  サニツ 宮古諸島 大漁祈願、健康祈願
  サングチサンニチ 渡嘉敷村阿波連、豊見城村根差部ほか沖縄諸島、八重山諸島 浜下り、大漁祈願と健康祈願
  サングチアシビ 宜野湾市我如古、那覇市敷名・鏡水・与儀 健康祈願(夫人を中心に歌舞)
  サングチャー 与那城村平安座 浜下り、大漁祈願
  ニャティヤ三月 伊江村 大漁祈願(婦人のみで行なう)
壬辰〜癸巳 スツウプナカ 多良間村 粟の収穫祭
  ミーミンメー 大里村古樫 豊作祈願、ムラの弥栄祈願
(新) シーミー(清明祭) 沖縄本島 祖先供養
 

アブシバレー(畦祓い)

東村、大宜味村喜如嘉・大兼久、今帰仁村今泊、恩納村山田 害虫祓い
(隔年)

シマノーシ

渡名喜村 豊作、大漁、航海安全、健康等祈願
  ハーリー(爬龍舟競漕) 大宜味村謝名城、与那城村屋慶名・平安座、具志頭村港川、玉城村奥ほか 大漁祈願、航海安全祈願
  ハーリー(爬龍舟競漕) 糸満市糸満 大漁祈願、航海安全祈願
(新) ユッカヌヒー 那覇市 爬龍舟競漕、大漁祈願、航海安全祈願
  ウマチー 国頭村辺土名、大宜味村大兼久、名護市源河・安和、与那城村平安座、沖縄市知花ほか 稲の豊作祈願
  ソージマッテイ 知念村久高 粟の収穫祭
  飛鳥御嶽の粟プーズ

平良市南増原、城辺町山川・下原

粟の収穫祭、子孫繁昌
プーリィ 石垣市四箇ムラほか 稲の収穫祭(豊年祭)
庚寅か庚午 プーリィ 竹富町黒島 豊年祭
  ウプウイミ(大折目) 東村平良・川田 稲の収穫祭
  ヤガンウイミ 粟国村 子孫繁昌、豊作祈願
  ウマチー 具志川村西銘・儀間・山城・嘉手納ほか 稲の収穫祭
  チナヒチ 与那原町、伊是名村諸見、糸満市大里ほか 綱引き、豊作祈願
  チナヒチ 南風原町喜屋武 綱引き、豊作祈願
初亥 シヌグ 国頭村安田 災厄祓い、豊作祈願
  お盆 県内各地 祖先供養
  アンガマ 八重山諸島 盆踊り
 

ムシャーマ

竹富町波照間 盆踊り、健康祈願、豊作祈願
  エイサー 沖縄諸島 盆踊り
盆明け、初亥 シヌグ 国頭村奥ほか 災厄払い、豊作祈願
盆明け、初亥 ウンジャミ 国頭村比地、大宜味村塩屋、今帰仁村古宇利ほか 海神祭、豊作祈願
  ヌーバレー 知念村知名・安座間・久手樫、与那原町、佐敷町、大里村古樫・当間 豊年祭、豊作祈願
  旗スガシ 沖縄市諸見里、石川市石川、読谷村宇座・大湾・喜名・渡慶次 災厄祓い、健康祈願
  ウンジャミ 伊平屋村田名 海神祭、豊年祭
  ウスデーク 具志頭村安里 豊作祈願、婦人の踊り
  シヌグ 本部町 災厄祓い、豊作祈願
  ウプウイミ 伊江村 海神祭、豊作祈願
甲午から3日間 ミャークヅツ 平良市池間 豊年祭
戌亥から3日間 結願祭 竹富町小浜

願解きの祭り、芸能公演

初寅 ガンゴー祭り 糸満市真栄里 霊鎮め、悪霊祓い
  八月踊り 多良間村 豊年祭、芸能公演
12年ごと(辰年) ガンゴー祭り 豊見城村高安 霊鎮め、悪霊祓い
  八月踊り 名護市屋部 豊年祭、芸能公演
  ティルクグチ、イルチャヨー、ムラ踊り 伊是名村 豊年祭、芸能公演    
(隔年) 八月踊り 宜野座村宜野座 豊年祭、芸能公演
  十五夜踊り 与論町 豊年祭、芸能公演
  ウシデーク 沖縄市越来・知花、糸満市米須・与座ほか 豊作祈願、婦人の踊り
  マールアシビ 宜野湾市野嵩 豊年祭、芸能公演
  ユークイ(世乞い) 平良市西原 豊作祈願、健康祈願
  パーントゥ 平良市島尻 災厄祓い
初未から4日間 ヤーマスブナカ 下地町来間 豊作祈願、子孫繁昌祈願
戊戌から5日間 節祭り(マユンガナシイ) 石垣市川平 正月、健康祈願、豊作祈願、家畜の繁昌祈願
己亥から3日間 節祭り 竹富町祖納・星立 正月、健康祈願、豊作祈願
庚申から10日間 種子取祭 竹富町竹富 播種行事、豊作祈願、芸能公演
  九月九日(九月御願) 名護市仲尾次 豊作祈願、芸能公演
  赤犬子祭 読谷村楚辺 赤犬子を称える、音楽祭
  ウヤガン 平良市狩俣・島尻 祖先神を讃え、ムラの弥栄と豊作祈願
庚申 クブラマチリ(カンブナガ) 与那国町久部良 外敵退散の祈願
辛酉 ウラマチリ(カンブナガ) 与那国町祖納(東公民館) 豊作祈願
甲子 ンディマチリ(カンブナガ)

与那国町比川

家庭円満の祈願
壬午 ンマナガマチリ(カンブナガ) 与那国町祖納(島仲公民館) 豊作祈願
癸未

ンダンマチリ(カンブナガ)

与那国町祖納(西公民館) 航海安全の祈願
  フーチヌユエー 今帰仁村天底、佐敷町津波古ほか 火災防止、健康祈願、商売繁盛
  アミド 知念村久高 大漁祈願
12年ごと午年 イザイホー 知念村久高 神女加入の祭儀
  ムーチー 沖縄諸島 子供の健康祈願
最後の丑

サティパロウ(パーント

上野村野原 災厄祓い
*月日は基本的に旧暦ですが、干支の欄で(新)と記載のあるものは新暦。
1月1日(日)
 朝まで生テレビを見ていて、寝たのは朝方だった。それでも9時前に一度目が覚めて、布団の中で防災無線から流れる奄美市長・朝山毅さんの新年の挨拶を聞く。
 軽く2度寝をしてから、お雑煮。昨日の年越しそばと同じ味付けの汁に、お餅を2つ。昨日の残りの天ぷらも入れ、やはり昨日の残りの助六寿司と一緒に食べる。美味しいね〜(*´д`*)。お雑煮を食べるとお正月気分になります。
 
あけましておめでとうございます。
おがみ山にて

↑おがみ山にて。風が木の葉を揺らし、鳥がさえずる。おがみ山は、伊津部ノロのカミヤマ。そう思うからかもしれないが、この山を歩くときは、少し神妙な気持になる。

 午後から自転車で、高千穂神社へ初詣に。高千穂神社からおがみ山へ行き、展望広場から元旦の名瀬の街を見下ろす。
 元旦の名瀬は曇り空。風は強めですが、雲に覆われているせいか、なんだか暖かい。
 おがみ山から、昨日も行った朝仁海岸まで足をのばす。浜に上げられた舟に結わえられている正月飾りを撮っていると、風を避けるように舟の横にしゃがんで線香に火をつけている女性がいた。
 やがて波打際まで駈けて行き、海に向かってお祈りをしている。
 小宿漁港まで自転車で行ってから、もう一度朝仁海岸に戻って、女性の立っていた場所へ歩いて行く。線香の火はもう消えていた。ネリヤカナヤへの祈りだろうか、それとももっと個人的な・・・。
朝仁海岸にいて、お祈りする女性
朝仁海岸にて お線香
↑→朝仁海岸にて。ネリヤカナヤは海の彼方の楽園。豊穣をもたらす神がいると言われている。

 昨日の深夜、オウム真理教の元教団幹部・平田信を名乗る男が警察に出頭。今日の朝、本人と確認され逮捕された。
 今日14時28分頃、鳥島近海を震源とするマグニチュード7.0の地震があり、東北から関東にかけて広い範囲で震度4を記録。
 2012年は明けたばかりだが、元旦からざわざわとしている。

 本日のスナップをPhoto Albumにしました。こちら

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