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10月31日(金)

 今日で10月も終わり。里山の紅葉は進んでいないが、朝晩はずいぶんと寒くなってきた。
しまむらで買った秋・冬物

 一昨日、しまむらで秋・冬用に衣料品を買ってきた。トレーナー2枚、長袖Tシャツ2枚、靴下3足で2629円だった。

 今月3日の北日本新聞に、氷見の中村海産が規格外品のみりん干し6パック千円で販売しているという記事が掲載されていたので、先週の木曜日に買ってきた。実際かなりお得な商品で、まだ残っているが、この特売は今月いっぱいなので妹にもう一度買ってきてもらった。

 スキャンしてデータが完成したアーティストの続き。ウイーン(32枚)、マッチボックス20(5枚)、マンサン(11枚)、玉川カルテット(8枚)、岡田徹(5枚)、エステール・テファナ&パトリック・ノーブル(15枚)、デイヴィッド・マレー(11枚)、アンドリュー・シリル(5枚)、カーラ・オルソン(13枚)、メタリカ(15枚)。
アーティスト写真01
↑ウイーン(左)とマッチボックス20。
アーティスト写真02
↑玉川カルテット(左)と岡田徹。
アーティスト写真03
↑カーラ・オルソン(左)とメタリカのジェイムズ・ヘットフィールド。

◯スプーン

 1987年というバブルの入り口の時代に『Spoon』というフリーペーパーが創刊された。キャッチコピーは<カレッジライフを刺激するナイスフリーペーパー>で、創刊準備号のトップページにはこんな雑誌のコンセプトが掲載されていた。
「英語のSPOONにはさじという意味の他に、女にあまい男と言うスラングな意味があることを知ってたかな。ナイスフリーペーパーSpoonは女にあまい男が本当は一番スタイリッシュだと考える新型情報誌。内容はカレッジライフを刺激的に楽しむための提案と知識をベースに、大学生が必要とする情報だけを逃さずスクープアップ。なぜ女にあまい男がスタイリッシュかって。それは007シリーズのジェームズ・ボンドを見れば良く分かる。頭脳明晰、判断力抜群、スポーツ万能、ハンサムで、遊び上手。もちろんおしゃれでモテる。だが、そんな彼も女にあまいという愛すべき性格のため、しばしば敵の美人スパイの罠に掛かりそうになる。この男のあまさがジェームズ・ボンドを魅力的な人間にし、ストーリーを面白くしている。もし、ジェームズ・ボンドのようにスマートなSpoonになりたいならば、まず自分のセンスを磨く努力が大切。そこでナイスフリーペーパーSpoonが、スマートなSpoonになるための情報を提供しようというわけ。要するにSpoonを読んでカレッジライフをスタイリッシュに過ごす男と女になろうということなのである」
 アホみたいなコンセプトだが、アッシーくんやメッシーくん、ミツグくんという言葉が生まれた時代の産物だ。
 家には創刊準備号(0号)、創刊号(1号)、2号の3冊が保存されているが、実際に自分が撮影したのは2号だけで、0号、1号は撮影の打ち合わせに行った時に資料としてもらったのだろう。学生組織やサークルのパーティーやミスコンの撮影、ロッテリアがスポンサーの大学サークルの紹介ページを担当している。当時のスケジュール帳によると、11月22日に青山スパイラルホール、11月23日に日比谷ラジオシティーでパーティーを撮っていて、スパイラルはTOKIO NETWORKING COLLEGE SUMMIT’87という大きな学生組織の主催だったと思う。この頃の学生パーティーにはミスコンが付きものだったようで、ラジオシティーのパーティーでは撮影に行ったらそのまま審査員をさせられた。
 掲載した写真は、フィルムのファイルケースに入っていた残ポジ(選ばなかったポジフィルム)。バブルを謳歌した彼ら、彼女らもそろそろ還暦を迎えるのだろうか。
 この3年後の90年には角川から雑誌『Tokyo Walker Zipang』が創刊され、91年にはジュリアナ東京がオープンする。

Spoon01

青山スパイラルホール 1987年11月22日
日比谷ラジオシティー 1987年11月23日
初出『Spoon 1988 No.2』(シィフ・コーポレーション)
#スプーン #Spoon #ナイスフリーペーパー

facebookへの投稿はこちら、Instagramへの投稿はこちら。8枚の写真が掲載されています。

Spoon02

10月28日(火)

 今日も晴れたり曇ったり雨が降ったりと不安定な天気で、朝、ふと窓外を見ると大きな虹が出ていた。奄美や沖縄に移住していた時はスコールも多かったのでよく虹を見たが、富山ではそれほど頻繁に見ることはない。
 両親をデイサービスに送り出した後、小雨が降っていたので歩いて歯科医へ。上の歯の裏側に小さな虫歯が2つあり、全然痛くはないが放っておくわけにもいかないので治療する。一日で2つとも治療できるのかと思っていたら2回に分けるそうで、今日は両方のレントゲンを撮った後、左側の虫歯だけ処置をした。麻酔をしたので痛くはないが、ドリルの唸る音や硬い器具で歯をグイグイする音が聞こえてくるだけで恐怖だった。今日の治療費は1,490円。

 昨日、facebookにジャズ・ドラマーのジャック・ディジョネットの訃報を伝える記事が流れてきた。その後、amassが「ジャック・ディジョネットの訃報はデマの可能性大 米JazzTimesは掲載後すぐに削除」という記事を載せていた。
 どちらだろうと思っていたら、今日になって公式アカウントから訃報の声明が出され、各メディアが一斉に死去を報じている。amassも訃報はデマの記事を削除し、死去を伝えた
 ジャック・ディジョネットのドラムを初めて聴いたのは高校生の頃で『CTI SUMMER JAZZ at the HOLLYWOOD BOWL』か、ジャズ喫茶をやっていた年の離れた従兄弟からもらった『The Best Collection Of CTI/KuDU』という2枚組のアルバムのどちらかだと思う。前者はディジョネットが全曲、後者はディジョネットが2曲でほとんどがビリー・コブハムがドラムを叩いている。共に今でも愛聴盤だ。
 個人的には4ビートよりもフュージョン系の16ビートでの彼のドラムが好きだった。ダブルストローク、多彩なパラディドルといったルーディメンツを駆使して作り出す複雑なリズム、それを流れるように歌うようにプレイする。その格好いいフレーズを真似たくて、譜面に起こして練習していたこともある。
 リーダー・アルバムは1991年に発売された『EARTH WALK』を1枚持っているだけだが、iPodに入れて寝る前に聴いたりしている。
YouTubeから「Inner City Blues - from Summer Jazz at the Hollywood Bowl by CTI All-Stars」「Jack DeJohnette Special Edition – It's Time To Wake Up And Dream

 スキャンしてデータが完成したアーティストの続き。ドクター・ジョン(13枚)、ネヴィルブラザーズ(8枚)、ベン・E・キング&大木トオル(9枚)、宮沢和史(6枚)、土屋昌巳(6枚)、ジャクソン・ブラウン(6枚)、奥菜恵(6枚)、奥村チヨ(5枚)。
アーティスト写真01
↑ドクター・ジョン(左)とジャクソン・ブラウン。
アーティスト写真02
↑宮沢和史(左)と土屋昌巳。
アーティスト写真03
↑奥菜恵(左)と奥村チヨ。
 安倍元首相銃撃事件で殺人や銃刀法違反などの罪に問われている山上徹也被告の初公判が奈良地裁で開かれ、727人が傍聴券を求めて列に並んだ
 今日はプロ野球中継のため、毎週火曜のお楽しみ『新日本風土記』と『世界ふれあい街歩き』はお休みだった。

10月27日(月)

 曇り後、晴れ、時々雨。朝から目まぐるしく空模様が変わるので、サイクリングは諦めてCD1枚分ローランドの電子ドラムを叩いて運動不足を解消する。
 昨日、高岡市議会議員選挙の投開票が行われた。今回から定数が2減り25人になったところに32人が立候補して激戦となった。25位で当選した社民党推薦の上田武氏が1569票、26位で落選した共産党の高瀬充子氏が1568票とわずか1票で当落が決し、その激戦ぶりをあらわしている。1票の重さとは、まさにこういうことだろう。結果は公認と推薦を合わせた自民が17人、公明2人、立憲民主と社民がそれぞれ1人、無所属4人。多様な議会になるよう、共産党の高瀬氏にも当選して欲しかった。また、投票率は前回より10.91ポイント下落して50.83%だった。

 コツコツとポジフィルムのスキャンを続けている。これまでにスキャンしデータが完成したのは結城美栄子(2枚)、久石譲(1枚)、瀬川瑛子(8枚)、GAO(1枚)、アンドルー・ドナルズ(2枚)、ボビー・バード&ヴィッキー・アンダーソン(3枚)、片倉三起也(1枚)、奥山佳恵・福島弓子(8枚)、三原じゅん子(7枚)、早川めぐみ(4枚)、コモドアーズ(13枚)、湯浅学&ピーター・バラカン(3枚)、村田恵里(9枚)、バウンド(6枚)、藤井康一(4枚)、松原正樹(5枚)、ザ・ラストショウ(3枚)、ローグ(18枚)、ローリング・ストーンズ(4枚)、レイクサイド(8枚)、S.O.Sバンド(9枚)、デビー・ギブソン(3枚)、蟻プロジェクト(8枚)。
 スキャンした写真の中から何枚か掲載します。

アーティスト写真01
↑アンドリュー・ドナルズ(左)とS.O.Sバンド。
アーティスト写真02
↑瀬川瑛子(左)と結城美栄子。
アーティスト写真03
↑村田恵里(左)と三原じゅん子(JUNKOの時代)。

 トランプ大統領が6年ぶりに来日した。

 この他の気になった記事を備忘録として。
宮城県知事選めぐるX、目立った和田氏と参政党 「土葬問題」拡散も
高市政権が原潜保有の道に踏み込んできた 連立相手がブレーキからイケイケに変わって「一気にやりやすく」

10月25日(土)

 明日から天気が崩れるというので、午前中に庭の木の剪定。高枝切り鋏だけでは届かない枝があるので脚立を使おうと思ったが家にいくつかある脚立はどれも留め金が取れていたりするし、庭は狭い上に起伏があるので不安定。シルバー人材センターの人たちが使っている、前脚が1本のこういう脚立が欲しいがちょっと高い。
 昼ご飯を食べた後は、土曜日の楽しみ『なんでも鑑定団』と『ポツンと一軒家』をテレビで見て、その後は晩ご飯のちらし寿司作り。すし太郎と紅生姜入りのさつま揚げ、甘辛の油揚げを混ぜて酢飯を作り、トッピングはネギトロ、サーモン、シーチキンマヨ、カニカマ、薄焼き卵、韓国海苔、カイワレ大根。

 毎日少しずつ撮影したアーティストのポジフィルムをスキャンしている。ポジフィルムを収蔵しているファイルケースの中に、こんな写真があった。どろぼうヒゲを生やしている自分(笑)。たぶん26歳か27歳ごろ。山と渓谷社の『ペンション情報』という雑誌の取材で白馬の方に行った時の写真ではないだろうか。取材に同行していた誰かが、自分の持って行ったカメラ、ミノルタのα7000で撮影してくれたのだろう。

どろぼうヒゲを生やしていた頃の写真
 明日、高岡市議会議員選挙が行われる。

10月22日(水)

 急に寒くなってきたので、一昨日はコタツを出し、昨日から湯たんぽを使っている。
 昨日、臨時国会が召集され高市早苗氏が第104代首相に指名された。初となる女性首相の誕生から一夜明けた今朝、北朝鮮が短距離弾道ミサイル数発を発射した。これは祝砲だろうか、威嚇だろうか。

付属のカラーターゲット

 本格的にフィルムのスキャニングを始めるにあたって、昨日はスキャナーのカラーマネージメント作業。スキャンソフトのSilverFast Ai Studio 9に付属していたIT8キャリブレーションターゲット(スライド3枚)を使い、こちらの記事を参考にしながら作業した。
 3枚のスライドをフォルダーにセットし、画面のIT8ボタンをクリックして指示に従って操作すればプロファイルが完成。
←付属のターゲット。
↓カラープロファイル作成画面。

スキャナ^プロファイル作成の画面

 早速昨日から今日にかけて結城美栄子(2枚)、GAO(1枚)、アンドルー・ドナルズ(2枚)、ボビー・バード&ヴィッキー・アンダーソン(3枚)、奥山佳恵・福島弓子(8枚)、久石譲(1枚)、瀬川瑛子(8枚)、片倉三起也(1枚)といった方々のフィルムをスキャンした。
 下の写真はスキャン作業中の机。27インチのiMacにEIZOのディスプレイを繋いで、ダブルモニターにしている。iMacのディスプレイは若干青みがあるので、都度、EIZOの画面で色調とトーンを確認している。
 SilverFast Ai Studio 9にはMulti-Exposureというダイナミックレンジの広いデータを取り込めるようフィルムを2回スキャンする機能があるが、取り込み時間がかかるし、よほどコントラストのきつい画像でなければ必要ないように思う。
 いろいろ試した結果できたワークフローが、プリスキャン→ iSRDでフィルムのゴミや汚れを除去→本スキャンでTIFF形式に保存。TIFF画像をフォトショップで開いて必要なら色調、トーンを調整。 iSRDで取り除けなかったゴミがあればスタンプツールで除去し、フォトショップ形式で保存。インターネット用に画像解像度を変更したjpgデータを作成。スキャナー本体の性能か、スキャンソフトの性能かわからないが驚くほど作業時間が短いので、以前ニコンのスキャナーで作成したアーカイブ画像も、もう一度作り直そうかと思う。

スキャン作業中の机

 昨日のNHK BS「新日本風土記』は<大雪山麓 米どころ>と題して、東川町が紹介されていた。東川町といえば写真甲子園で町おこしをしたことで有名だが、道内有数の米どころとしても知られているようだ。番組では写真甲子園はもちろん、その豊富で良質な地下水を生かした農業やお豆腐作り、酒作りなども取り上げられていた。
 海外からの留学生や国内各地からの移住者も積極的に受け入れており、文化的で多様性のある町づくりを目指しているのが伝わってきた。写真甲子園に出場したことがきっかけで東川町に移住し、写真の町課に勤めているという女性も紹介されていた。番組には登場しないが自分がたまにブログを拝見している、飯塚達央さんという写真家の方が大阪から東川町に移住して、写真スタジオを経営しながら町議会議員もされている。また東川町は、古くは富山県からの移住者が多かったそうだ。
 東川町で写真甲子園が始まったのは1994年からだが、自分がそんなイヴェントがあると具体的に知ったのは沖縄に移住した2012年ごろだった。沖縄で出会った大学の教授や写真家の口からたびたび”勇崎哲史”という名前が出てきて、この人が写真甲子園へと繋がる東川町国際写真フェスティバルの構想を練り上げた人だと聞いた。勇崎さんの写真集『大神島・記憶の家族』は沖縄に移住して直ぐに県立図書館で借りて見ていたが、そんな人だとは知らなかった。そしてこの頃、勇崎さんも沖縄に移住して光画文化研究所を設立し、写真家を育てる活動をされていた。沖縄に移住していた2年の間に直接お会いすることはなく、勇崎さんは2021年7月に71歳で亡くなられた。
 やはり2021年に亡くなられたミュゼふくおかカメラ館の館長だった金山さんから、同館で2020年に写真展『とやま、祭り彩時季』を開催した時に、北海道には富山からの移住者がたくさんいるから北海道でも写真展を開催してはどうかと勧められた。ツテとそこまでの行動力がなかったのと、奄美・沖縄で撮影した写真の再現像作業があったので実現しなかったのだけれど。
 米国の姉妹都市フォートウェーンへ視察に行くのもいいけれど、せっかく安藤忠雄氏設計のミュゼふくおかカメラ館という施設を建設したのだから、高岡市は<写真の町>で町おこしを成功させた東川町からも学べることは多いのではないだろうか。
写真の町東川町
勇崎哲史 写真展 「光の記憶」

 日本郵便で飲酒の有無などを確認する「点呼」が適切に行われていなかった問題で、我が町の郵便局も配送車両の使用停止処分を受けた。

↓高市新内閣、すでに無茶苦茶。
副大臣・政務官に「裏金議員」7人 木原官房長官「適材適所の人事」
初入閣の松本文科相 過去に「南京事件はデマ」とする映画に賛同
小泉防衛相、原潜「排除せず」 3文書改定に意欲

10月19日(日)

 今月26日に投開票が行われる高岡市議選が、今日告示された。定数25に対し、32人が立候補。早速朝から何台もの選挙カーが町内を走り回って立候補者の名前を連呼している。
 今日、10月19日は「新聞配達の日・新聞少年の日」だそうで、県内の新聞販売関係者が昨日、とやま城址公園内に建立されている「新聞少年の像」を清掃したそうだ。記事によると、この像は1963年に県内の新聞販売関係者が資金をだし、新聞戸別販売網のシンボルとして建立。昨年は能登半島地震の影響で中止となり、2年ぶりの清掃だったという。
 昨年、家の掃除と片付けをしていた時に、この新聞少年の像のレプリカが出てきた。台座を含めて33センチほどで、ずしりと重い。小学校高学年から高校1年ごろまで新聞配達をしていたので、自分がもらったものだろうか。弟も新聞配達をしていた時期があり、父親もずっと昔に新聞配達をしていたそうなので弟か父親がもらったものかもしれない。
新聞少年の像
 新聞配達の日だったかは覚えていないが、何度か販売店(瀧田書店)のおじさんに連れられて富山県民会館に行った記憶がある。県内の新聞少年が集められて「新聞配達ご苦労さま」という話をされ、記念品をもらって帰ってきた。ボールペンのようなものをもらった記憶はあるが、銅像の記憶がない。もし自分がもらったものだとしたら、あまり嬉しくなかったので箱に入れたまま放っておいたのかもしれない。
 販売店だった瀧田書店はずいぶん前になくなり、多分その場所は今は道路になっている。家に瀧田書店が写っている古い写真があったので載せておきます。父親が撮影したのか祖父が撮影したのかわからないが、みなさん仮装しているのでお祭りだろうか。
 瀧田書店の右側の家が確か自転車屋さんで、瀧田書店と自転車屋さんの間の路地を入り奥の勝手口のような所を開けると新聞とチラシが置いてあった。そこはトイレの前の廊下で、廊下に座って新聞にチラシを挟んでいると、家の人がトイレに入ったりもする。こちらも嫌だったが、家の人も嫌だったろうと思う。
瀧田書店

10月17日(金)

 地元の大型スーパーが来年秋まで建て替えのため休業しているので、ドラッグストア2軒と肉屋で買い物をした後、駅前の歯科医院へ。予約は午後4時からだったが、10分ほど前に行くと、待たずにそのまま治療が始まった。新しく作った詰め物を歯に装着した後、歯石を取ってもらう。以前は保険の関係で下の歯と上の歯の歯石を一度に取ることはできなかったそうだが、保険のルールが変わり一度にできるようになったという。歯石を取り終わった後、以前から上の左側の歯の裏側が舌で触ると異物感があるので診てもらうと、小さな穴が空いているそうだ。極細の魚の骨でも刺さっているのかと思っていたら、穴だった。歯石を取り汚れを取り除いてもう一度歯を確認すると他にも小さな穴が見つかった。小さな穴は3つほどあるそうで、これは虫歯なので治療することになった。
 前回の治療費が3,230円、今回が4,780円。

 今月12日の北日本新聞に<巨大たいまつ復活 黒部の若栗自治振興会、17日に33年ぶり神事>という記事が掲載されていた。黒部市若栗にある若埜神社の秋祭りで、直径1.5メートル、長さが6メートルの巨大な松明を燃やす神事が33年ぶりに行われるそうだ。祭りでは松明を荷車に乗せ、地区内をめぐる神輿を先導。巡行を終えると神社の参道で燃やし、神輿を迎えるという。『とやま、祭り彩時季』の制作途中だった6年前なら取材に行っていただろう、興味深い祭祀だ。
 巨大な松明が登場するのは呉西(県の西部)にも氷見の床鍋地区に虫送りという行事があるが、宇奈月町愛本新地区の愛本新用水天満宮松明祭、入善町墓ノ木地区の墓ノ木タイマツ祭り、滑川市のネブタ流し、松明の大きさはそれほど巨大ではないが神社の参道の両側にたくさんの松明が並べられ、炎の中を神輿がくぐり抜けていく黒部市生地のたいまつ祭りなど呉東(県東部)の方が数は多い。今日秋祭りが行われているであろう、黒部市若栗にある若埜神社も呉東だ。『とやま、祭り彩時季』を製作した時に、こんな文章を書いている。

◯美しい行燈ではなく巨大化する方に進んだ松明

 田祭りの松明は田楽行燈から大きく派手な夜高行燈へと進化したが、松明そのものが大きくなる方へ進化した行事や祭りもある。
 氷見の床鍋地区では6月の第1土曜に伝統行事の虫送りが行われる。直径1m、長さ8mの巨大な松明を、村の中央にある広場から旧床鍋小学校のグランドまで「ドロムシホーイ ドロムシホイ」と声を掛けながら子供たちが先頭になって引きまわす。集落の外れまで来ると、松明の後方に火がつけられる。グランドに到着すると、四方八方から縄で引っぱり直立させられ、そのまま燃やされる。
 10月になると宇奈月町の愛本新地区と、入善町の墓ノ木地区で巨大な松明を担いで走る松明祭りが行われる。愛本新地区は舟見野台地の上にあり、墓ノ木地区は下にある。そして愛本新地区の松明祭は利水を祝う祭りで、墓ノ木のタイマツ祭りは治水を祝う祭りだ。
 愛本新地区は台地にあるため、用水がなく荒れ果てていた。そこで十村役人の伊東彦四郎氏が加賀藩主・前田治修(はるなが)公に用水を造ることを建言し、1798年(寛政10)に着工。難工事の末、1802年(享和2)11月6日に三里に及ぶ用水が完成した。喜んだ村民は手に手に松明を持ち、水の流れを追って貫通を祝ったのが祭りの始まりとされている。
 一方、墓ノ木の方は台地の下、黒部川の畔にある。こちらの由来は250年ほど前に黒部川の大洪水で堤防が崩壊した際、村人は下流の村々に応援を頼み堤防工事を行った。夜になったので神明社の前で松明を作り夜通し堤防へ運んだことに因むとされている。高さ5mほどの松明2本を神明社から黒部川の傍に建立された水神社まで運ぶが、水神社の案内板には少し違った由来が書いてある。
 要約すると、昔、黒部川が豪雨のために氾濫し、村が流失寸前で村人ももはやダメかと思った時に、一人の逞しい男が激しい水流の中に入って行き仁王立ちになった。すると水の流れが変わり村は水害から免れることが出来た。翌日村人が川に行くと男の姿はなく、黒御影石があった。村人たちはこの自然石を御神体として神社を建立した。そして灌漑用水の守り神として祀り、春と秋に祭りを催し、このうち旧暦9月9日に行われる秋祭りには洪水からの無事と利水の恩恵に感謝して、来年まで用水を水神にお返しするという意味で産神社である神明社から水神の祀られた水神社へ川の流れを表した松明の行列を作って歩いた、という事のようだ。

床鍋地区の虫送り
↑氷見市床鍋地区の虫送り。
愛本新地区の松明祭
↑宇奈月町愛本新地区の松明祭。
墓ノ木タイマツ祭り
↑入善町墓ノ木のタイマツ祭り。
滑川のネブタ流し
↑滑川のネブタ流し。
生地のたいまつ祭り
↑黒部市生地のたいまつ祭り。

10月15日(水)

 高市早苗新総裁誕生と共に、自公連立政権が崩壊した。これにより首班指名選挙(内閣総理大臣指名選挙)の行方がわからなくなった。このまま自民党が単独少数与党になり、野党が共闘して候補を立てれば野党から総理大臣が誕生し政権交代の可能性もある。その候補に国民民主党の玉木代表の名が上がっているが、個人的にはそれもまた酷い内閣の誕生になりそうで危惧している。こんな品のない人物ですよ。<神輿は軽い方がいい>という諺もあるが、あまりにも軽いだろう。
 今月27日にはトランプ大統領が来日し、日米首脳会談も想定されている。しばらくは自民党総裁は高市氏、総理大臣は石破氏のままという総裁・総理分離案まで出ている。
 個人的には野党連携は難しそうだと感じているので高市新総理の誕生となるのかな?と思っているが、どちらにしても少数与党で国会運営をしていかなくてはならない。となれば、懸念されている彼女の強行的な政策が簡単に推し進められるとも思えない。
 多党化による少数与党というのは不安定だが、与党一強が長く続いた第2次安倍政権が国会を軽んじて強行的に政策を進めた結果、この国の経済もモラルも地に落ちた。そういう意味では時間はかかるが与野党の協議によって進めるしかない少数与党の方が、民主的な運営にならざるを得ないかなと思っている。
 最近はリベラルからも評価される石破氏だが、これも少数与党となって野党の声も聞かなくてはならなかったからというのも一因だろう。タカ派の高市早苗というが、石破茂氏も十分タカ派だ。
 沖縄に移住していた2013年、幹事長だった石破氏が「辺野古移設が普天間の危険性除去に一番早い」と、沖縄選出の自民党国会議員を辺野古容認派に転じさせ、その5人を壇上の椅子に並んで座らせた姿をリアルタイムで見ていた。その石破氏の強硬な姿勢に沖縄では”平成の琉球処分だ”という反発の声も上がっていた。
 昨年の衆院選、今年の参院選での自民党の大敗を受けて、総理であり自民党総裁であった石破茂氏を退陣させる石破おろしを主導していた裏金議員、壺議員たち。高市総裁誕生で喜んだのだろうが、その結果、自民党の分裂まで囁かれている。石破おろしを画策した彼らは今、どう思っているのだろう。

「高市首相」実現は“野党の分断頼み” 自民、多数派工作へ維新、国民と連携模索
激化する「公明争奪戦」各党接近、多数派工作へアピール合戦
「総総分離」異例の長期化 退陣表明したのに…石破首相の奇妙な状況
与野党の幹事長が会談ラッシュ 首相指名選挙を巡る多数派工作が慌ただしくなってきた 自民には焦りの色が
公明の協力がなかったら自民の議席数は…党内に広がる選挙不安 早くも関係修復を求める声が上がり始めた

ひと晩たてば 政治家の首がすげかわり
子分共は慌てふためくだろう
闇で動いた金を 新聞は掻き立てるだろう
ひと晩たてば 国境線を戦火が燃えつくし
子供達を飢えが襲うだろう
むき出しのあばら骨は 戦争を憎みつづけるだろう
アジアの片隅で 狂い酒飲みほせば
アジアの片隅で このままずっと
生きていくのかと思うのだが

 この曲は1980年に発売された、吉田拓郎の11枚目のアルバムのタイトル曲。12分を超える大作で、スタジオ録音ではなく日本武道館でのライヴ音源が収録されている。作詞は「襟裳岬」「旅の宿」「祭りのあと」「落陽」などで知られる岡本おさみさん。「アジアの片隅で」は岡本さんの作品の中ではメッセージ性の強い曲で、個人的には曲・アレンジを含めて好きな曲だ。まさに今の時代を映しているような詞かなと思うが、岡本さんが詞を書いた40年前から政治も世界情勢も変わっていないのかもしれないとも思った。ちなみに1980年は田中康夫が『なんとなく、クリスタル』を発表した年でもある。
 こちらのYouTube動画は1982年の『王様達のハイキング』全国ツアー映像での「アジアの片隅で」。このツアーにはスタッフとして同行し、ステージの袖から見ていた。ちょっとアラブ風?のステージ衣装はフランスのデザイナー、レノマの提供で、スタッフにもレノマのTシャツが用意された。Tシャツなのに肩パットが入っていた(笑)。
 岡本おさみさんは10年前に心不全のため73歳で亡くなられてしまった。

 YouTube動画などを参考に、ポジフィルムのスキャンを試している。スキャンソフト、SilverFastAiStudio9の機能で一番重宝しそうなのがiSRDというフィルムのゴミ除去機能。これからアーカイブする女優さんのインタヴュー写真をスキャンしてテストしてみた。
 取り込み解像度は24ビット、3600ppi、49MBに設定。A3のプリントには問題ないサイズ。ゴミ除去機能iSRDの検知の感度を最大の20に設定したが、スキャン速度はあまりストレスを感じなかった。ライトボックスで見る透過原稿のオリジナルのポジフィルムと比較すると、シャドーが潰れ気味だが他は素直なデータになっていると思う。
syキャン画像01
スキャン画像02

↑スキャンしたままの画像。ゴミというよりフィルムの膜面にカビが生えている。このカビは肉眼ではもちろん、ルーペでも確認できない。
←iSRDのアイコンを押してマークするにチェックすると赤外線で検知したゴミやカビが赤く塗られる。
↓補正するにチェックすると除去した画像が表示される。これでOKであれば、本スキャンをする。

スキャン画像03

10月13日(月)

 3連休中日の昨日は、10月とは思えない30℃超えの真夏日だった。連休最終日の今日は大阪・関西万博最後の一日で、テレビのニュースやワイドショーでもその賑わいが報じられていた。公式キャラクターとして発表された当初はビジュアル的に気持ち悪がられていたミャクミャクが、今や大人気だそうだが、ミャクミャクの魅力がわからない。

 今月9日にアマゾンで購入したフィルムスキャナーが、11日の晩に届いた。購入したのはplustekの8300Aiフィルムスキャナーに、スキャン用ソフトのSilverFastAiStudio9とIT8キャリブレーションターゲット(3スライド)がバンドルされた商品で、10%引きのセールで71,010円だった。カメラ関係、写真関係の商品はなるべくヨドバシのサイトで買おうと思っているが、フィルムスキャナーに力を入れていないのか取り扱っていなかった。たしかplustekは台湾の会社で、SilverFastはドイツのメーカー。昔はニコン、キャノン、ミノルタといった日本のカメラ・メーカーもフィルムスキャナーをリリースしていたが、ほぼ撤退してしまった。
  アクセサリーや消耗品を別にすればカメラ関係、パソコン関係の商品は中古を買うことが多くなったが、今回は新品で購入。新品で製品を買うのは5年前にEIZOのディスプレイCS2410を買って以来かもしれない。
 今日の午後、部屋のレイアウトを変更して、スキャナーやフィルム用ライトボックスなどを置けるテーブルをセッティング。箱からスキャナーを取り出し、パソコンに接続。付属のUSBスティックからソフトをインストールし起動させたが、起ち上がったのは30日間限定のデモ・ソフト。困って販売元のplustek japanにチャットで問い合わせると、plustekのサイトに製品のシリアルナンバーを登録しなければならなかった。チャットで指示された通りサイトにアクセスし、シリアルナンバーを登録するとSilverFastからライセンスが追加された案内のメールが届いた。
 また、plustekとのチャットでデスクトップとノートパソコンの2台で使用することも可能だと確認できた。

新しく購入したフィルムスキャナー

←製品カラーをよく確認せず黒だと思っていたら、焦げ茶色だった。

↓効率よくスキャニングできるよう、細長いカウンターテーブルの置いてあった場所に折りたたみ式の作業台をセッティングし、フィルムスキャナーとフジカラーのライトボックスを置いた。カウンターは窓際に移動。テーブルの上も下も、ますますケーブルだらけで混雑している。

フィルムスキャナーをセッティング
 とりあえずソフトが無事にインストールできたので、これから少しずつ使い方を覚えて慣れるしかない。以下は参考にしようと思っている記事とYouTube動画。
「SilverFast Ai Studio 9」で35mmネガフィルムをスキャンしてみた
SilverFastを使ってフィルムをデジタル化
SilverFastでポジフィルムを正確な色でスキャニングする方法
[フィルムスキャン] SilverFast Ai Studioを使ってフィルムをハイクオリティーにスキャニング!ソフトウェアの紹介から使い方まで紹介/写真家 上田晃司の旅とカメラ
【フィルムのデジタル化】フィルムスキャンソフト「SilverFast(シルバーファースト)」の使い方/吉村和敏
『SilverFast Ai Studio 8』でフィルムスキャンに挑戦!スキャナーは「Canon Canoscan 9000F MarkⅡ」を使用

 気になった記事を備忘録として。
ハマス人質20人全員解放 ガザ拘束2年、和平へ前進
富山の3曳山 勢ぞろい 市合併20周年記念、グランドプラザで伝統芸能祭典
巨大たいまつ復活 黒部の若栗自治振興会、17日に33年ぶり神事

10月10日(金)

 今日は昭和100年10月10日というコメントがfacebookに流れてきた。なるほど。
 午後からは曇りで明日からは雨模様の予報なので、両親をデイサービスに送り出した後、小矢部川の土手を中心に1時間半ほど自転車で走ってきた。小矢部川の土手を走った後、五位庄用水沿いの道を赤丸にある浅井神社まで走って帰ってくるというパターンも多いが、一昨日土屋でクマが出没した痕跡が見つかったというので山の方へ近ずくのはやめにした。
 ↓の写真は小矢部川の土手で撮影したMY自転車。川の対岸、自転車の後方に写っているのは三井アウトレットパーク北陸小矢部とそのシンボルになっている観覧車<NANAIRO WHEEL>。アウトレットパークは今年で開業10周年を迎えたが、シンボルの観覧車は来月3日で営業を終了するそうだ。営業終了だけなのか解体されるのか?稲葉山に建っていた風車が取り壊され、アウトレットの観覧車もなくなると、この辺りのランドマークはクロスランドタワーだけになってしまう。地図も持たずにふらっとサイクリングに出かけた時に、帰路の目印がなくなるのはちょっと困る。
自転車

 一昨日、夕ご飯を食べた後、下の右奥歯の詰め物がぽろっと取れた。神経がむき出しになっているようで、冷たいものを口に入れると歯にしみて痛みが走る。食事もままならないので昨日の午前中に歯医者へ電話すると、午後3時から診察してもらえることに。レントゲンを撮り、型を取り仮の詰め物をしてもらった。歯にしみて痛みが走ることはなくなったが、まだ少し違和感がある。

 1年ぶりにアマゾンのマーケットプレイスで、比嘉康雄さんの神々の古層シリーズの中の1冊『異界の神ヤガンの来訪 ヤガンウユミ(粟国島)』を購入した。これで全12巻のうち10巻が揃った。
 沖縄に移住して琉球弧の祭祀を追いかけている時に県立図書館で一通り借りて(自分でも撮影に行った祭祀を扱った巻は2、3度借りている)読んでいるが、やはり手元に置きたくて富山に帰ってきてから揃え始めた。あと『海の神への願い 竜宮願い(宮古島)』『豊年を招き寄せる ヒラセマンカイ(奄美大島)』の2冊でコンプリートだ。どちらも絶版になっておらず定価ならいつでも買えるので、気長に古本で安価なものが出るのを待って1冊ずつ揃えている。今回は本の代金が743円、配送料が300円で1,043円だった。

↓『異界の神ヤガンの来訪 ヤガンウユミ(粟国島)』→あと2冊でコンプリート。
神神の古層シリーズ
ヤガンウユミ
 気になった記事を備忘録として。
公明党が連立政権離脱へ 斉藤鉄夫代表「基本姿勢で意見の相違」 高市自民党と「政治とカネ」で溝が埋まらず
〈全文〉石破茂首相が所感「戦後80年に寄せて」表明 「過去を直視する勇気と誠実さを持ったリベラリズムが大切」
ノーベル平和賞にマリア・マチャド氏 ベネズエラ反独裁の野党指導者

10月7日(火)

 1990年前後だったと思うが、郵便局の定期預金に100万円預けると10%の利子がついて10年後に200万円になった。自分の体験ではこれがピークで徐々に金利は下がっていったが、その後も何年かは定期預金に預けれが確実に利息のつく時代があった。
 先月の26日、国税庁が2024年分の民間給与実態統計調査の結果を公表した。民間企業の社員やパート従業員が1年間で得た給与の平均は前年比3. 9%増の478万円だった。一瞬、30年前の統計調査か?と思ったが、続けて記事を読むと1997年の467万円を上回り統計を始めた1949年以降で最高だったそうだ。
 日本経済はこの30年以上恐ろしいほどの低成長で、給与が上がっていない。給与所得は上がっていないが30年前と違うのは金利はほとんど付かず、円安が進んで円の価値が急落していることだ。そりゃあ国民の生活が苦しくなるわけだし、バブルの頃に日本人がしたように海外の金持ちが相対的に安くなった日本の土地やマンションを買い漁る。
 先週土曜日に自民党総裁に積極財政を掲げる高市早苗氏が選出され、週明けの昨日から円安・株高がさらに進行している。参議院選挙の際に物価高対策として与野党が減税だ給付だと政策をアピールしていたが、この極端な円安による輸入原材料の高騰、それによる物価の高騰には減税も給付も焼け石に水の対策にしかならないだろう。与党も野党も国の価値として円の相場がいくらなら健全なのか、といった議論をなぜしないのか不思議でならない。
 今月1日に開催された経済財政諮問会議で、村上誠一郎総務相が「物価高の最初の原因は、アベノミクスによって円安が進んだことだった」との見解を示している。アベノミクスによる円安進行、「これによって、食料、原油、エネルギーの価格が高騰したことが大きな原因であり、ここら辺をもう一回、原点に帰って考える必要がある」と語っている。高市早苗新総裁はアベノミクスを継承したサナエノミクスなるものを打ち出し更なる金融緩和を提唱しているというが、彼女が考える適正な円相場はいくらなのか聞いてみたい。

 その高市総裁による自民党の役員人事が決定した。総務会長に有村治子参院議員、政調会長に小林鷹之元経済安全保障担当相、選対委員長に古屋圭司元拉致問題担当相、幹事長に麻生派幹部の鈴木俊一前総務会長、副総裁に麻生太郎元首相、そして幹事長代行に派閥裏金事件に関係した旧安倍派の萩生田光一元政調会長が就任。総裁選で争った5候補のうち高市氏と小林氏は自民裏金問題は決着済みという考えだったので裏金議員の登用もあるだろうと思っていたが、裏金議員で壺議員の萩生田氏の登用には国民や野党から反発が起こるだろうし、連立を組む公明党からも懸念が示されている。
 先月、旧安倍派の元会計責任者が「環流再開要望は下村博文氏」と証言、旧統一教会問題も先月23日に韓鶴子(ハンハクチャ)総裁が韓国で逮捕された。捜査の手が日本にも及ぶことを願っているが、裏金問題も旧統一教会問題も全然決着はついていない。古屋圭司氏、小林鷹之氏も過去に旧統一教会との関係が取りざたされている。
 総裁選での高市氏当選は党員からの支持が多かったからといわれているが、自民党員と国民の見識には大きな隔たりがあるように思う。#変われ自民党、#解党的出直しを掲げた総裁選だったが、総裁選そのものが変われない自民党の姿だったし、選ばれた総裁もまた変われない自民党の象徴のような人物で、ならばこれからも淡々と自民党議員を国政選挙、地方選挙で落としていくだけだ。

 高市早苗氏については昨年の自民党総裁選の頃にアーカイヴをfacebookに載せている。こちら。また、彼女の靖国参拝についても2022年2月23日のfacebookで書いている。こちら。自身が首相になった場合でも靖国神社への参拝を続けると述べた時だ。
 下の写真は、1990年5月30日に赤坂のキャピトル東急ホテルのラウンジで彼女にインタヴューした時にいただいた名刺。すでに政治評論家としてテレビに出ていたが、肩書きは<亜細亜大学 日本経済短期大学専任教員、(財)松下政経塾 塾員>となっている。住所は奈良の自宅が書かれているが、確か当時は何匹かの亀と一緒にアパート暮らしをしていると聞いた。亀はなついてくれないし、自分も亀の顔を見分けられないと嘆いていた。

高市早苗氏の名刺
 CD-Rの中に入っていた川奈まり子さんの画像を発掘したので、アーカイヴに3枚追加しました、こちら。NHKの朝ドラが小泉八雲の妻をモデルにした『ばけばけ』で、これから怪奇小説に注目が集まるかはわかりませんが、最近は怪奇ものの小説を執筆するだけではなく怪談の語り手もされているようだ。
 X(旧Twitter)のヘッドの写真が幽霊のポーズだが、相変わらず指先が手モデのようにスラリと美しい。
川奈まり子

10月4日(土)

 今日、自民党総裁選が行われ、決選投票の結果、高市早苗氏が小泉進次郎氏を破り自民党初の女性総裁に就任した。
草むしりの報酬
 昨日は長寿会の活動で、明日秋季例祭が行われる大滝神社の清掃。今年から長寿会に入ったので参加したが、出席者はあまり多くなかった。境内の草むしりが主な作業で、2〜30分で終わるかな?と思っていたら1時間以上かかった。
 帰りに草むしりの報酬としてお茶とビールと市の指定ゴミ袋をいただいた。
 草むしりをした勢いで、午後から自宅の庭の木の剪定。油断している間に、庭木の枝がかなり伸びていた。
選定した庭の枝や葉っぱ
特定健診の結果通知表

 今日は地元の神社の秋祭り。朝、自転車で初穂料を納めてきた。
 両親をデイサービスに送り出してから、先月受診した特定健康診査の結果を聞きに病院へ。腹囲が85cm以上という以外は基準内の数値だったので、メタボリックシンドローム判定も非該当だった。

 秋祭りの獅子舞が午後4時半ごろ、班長の家に到着。獅子舞は全戸まわりではなく各班長の家が代表して舞ってもらう。昨年は自分の家が班長だったので、祝儀の他にお酒も用意した。

獅子舞01
↓今年は向かいの家が自宅の敷地にお店を新装オープンしたので、班長の家の後に、こちらでもお祝いの獅子舞が行われた。
獅子舞02

10月1日(水)

 今日から10月。ようやく夏を乗りきった感じだ。これから先も気温30℃前後の夏日や真夏日はあるかもしれないが、35℃を超える猛暑日はないと思う。いや、ないように願う。
 この何年か夏になると母親が夏バテになり、かかりつけの病院で点滴を打ってもらうことがあった。両親共に年配者にありがちなエアコン嫌いで、このままでは熱中症になるからとエアコンをつけても寒いからと切ってしまう。そんなことで昨年の夏の前半も何回か点滴のお世話になったが、ケアマネージャーの女性に相談したところデイサービスに通う日を増やしてはどうかと提案された。昼間だけではあるが、デイサービスに行けばエアコンの効いた室内で過ごせる。その助言で増やしたところ、後半は夏バテすることなく過ごした。
 今年は最初から7月、8月、9月はデイサービスに通う日を増やしてもらった。おかげで今年は一度も夏バテはなかったようだ。また、デイサービスのありがたいのはお風呂に入れてもらえること。自宅だと両親が風呂に入るたびにヒートショックや転んでいないかと心配しなくてはならない。その心配がないのはとてもありがたい。
 とりあえず夏を乗りきったので、母親のデイサービスに通う日数が今月からまた夏前に戻る。

 平野部では稲刈りはだいぶ進んだが紅葉はまだまだ。けれど、昨日の地元のテレビニュースによると標高2,450mの立山室堂平では色鮮やかな紅葉が見頃を迎えているそうだ。紅葉は徐々に下りて、標高1,930mの弥陀ヶ原では来週、1,470mの黒部ダムでは今月中旬が見頃だという。
 下の写真は2018年10月3日に撮影した弥陀ヶ原。この日は室堂平にある玉殿岩屋(たまどののいわや)を撮影してから天狗平まで歩き、天狗平からバスで弥陀ヶ原に行った。弥陀ヶ原は薄い雲に包まれて視界が悪かったが、到着して1時間ほど経った時、雲が上の方に流れていき空が晴れ渡った。しかし、それもつかの間でしばらくするとまた雲の中に。山の天候の急転ぶりに驚いた。
弥陀ヶ原01
弥陀ヶ原02

 ところで、公共交通を利用して立山登山する場合、電鉄富山駅から富山地方鉄道の立山線で電鉄立山駅へ行き、電鉄立山駅からケーブルカーに乗り換えて美女平駅へ。美女平からバスに乗り換えて室堂に到着する。この立山線の存続が現在、危ぶまれている。
  富山地方鉄道は今年5月、利用者の減少などで赤字が続く2路線で行政からの支援が得られなければ来年11月末で一部区間を廃止するという。1つはあいの風とやま鉄道と並行して走る本線の滑川駅ー新魚津駅間、もう一つが冬季のオフシーズンに間引き運転を行っている立山線の岩峅寺駅ー立山駅間だ。
 驚いたのは、先月5日に開かれた地方創生産業委員会で、自民党の米原蕃氏が「地鉄は自分たちが被害者という気持ちを持っている。被害者は県民だ」と断じ「何かあるたびに『困る、なんとかしてくれ』と言ってきた。地鉄の経営の体質だ」と述べたそうだ。”地鉄が被害者だという気持ちを持っている”というのは、何を根拠に話しているのだろうか。廃止になれば困るのは県民だけではなく観光やビジネスで訪れる利用者全員だが、だからと言って被害者ではないだろう。また、やはり自民党の中川忠昭氏も「交通事業者の責務が全く見えてこない。今後、議論が進む中で、本当に地鉄が運行事業者としてふさわしいか見極めないといけない」と話したそうだ。
 富山地方鉄道は富山県なども資本参加しており、形式的には第三セクターだが、自治体の出資比率が低いこともあり他の私鉄と同様に日本民営鉄道協会に加盟し、労働組合も私鉄総連に加盟しているという。交通事業者の責務というが、民間企業である以上採算が取れなければ撤退や廃止を考えるのは当たり前で、被害者ぶっているとかいう話ではない。
  芦峅寺の祭りや行事を取材するために岩峅寺駅から2つ先の千垣駅(芦峅寺集落までは駅からさらに歩いて2〜30分)に通っていた時は立山線のお世話になっていたが、岩峅寺から先はガラリと景色が変わり、やはり乗客の姿も少なくなった。岩峅寺駅から先は採算が合わないというのは会社の言う通りなのだろう。しかし、これは立山登山客が多く利用する特急も含めて廃止をするのだろうか。もし廃止となれば立山観光にも大きな打撃だろう。立山線があることで立山観光にお金が落ちる部分もあるのであれば、それは行政・周辺自治体も支えるべきだろう。もちろん、過疎や人口減少で少なくなったとはいえ利用客はいるのだから普通電車も含めて簡単に廃止されては困る。なんとか存続する方向で話し合って欲しい。
  県会議員、市議会議員の方々は上から目線で答弁する前に、1年間だけでも車を使わずに電車やバスといった公共交通機関の利用を中心に移動してみればどうか。そうすれば地域交通の問題点も見え、その解決策も考えられるだろう。富山の祭りを取材していた2020年〜2025年は海抜0mの港町から立山山頂、西は石川県との県境から東は新潟との県境、南は岐阜との県境までほぼ電車とバスと自転車で移動した。不便だが、できないことはない。

 NHKは、今日から新たなネット配信サービス「NHK ONE」をスタートさせた。これまでNHKニュースなどのサイトは無料でみられたが、これからは受信契約者のみの提供となった。

 埼玉県の議会で外国人へのヘイト発言が相次いでいる。
在留資格ない外国人に「厳しい措置」要請…川口市議会が意見書を採択 「ヘイトをあおる」専門家は強い懸念
「外国人に基本的人権ない」埼玉県議が議会で発言 各会派が問題視

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