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○9月2日(日) 嘉手納町エイサーまつり 新町商店街(嘉手納町) 小浜島の結願祭(きつがんさい) 嘉保根御嶽(小浜島/竹富島)9〜11月頃予定 |
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○沖縄の交通機関 割引切符(詳しくは、こちら) ゆいレール 一日乗車券600円、2日乗車券1000円、三日乗車券1400円 那覇バス 一日乗り放題パスポート(那覇市内区間)660円、バスモノパス(那覇市内区間とモノレール全線一日乗り放題)1000円 那覇バス・琉球バス交通 土日祝1日限定フリー乗車券(111番高速バスを除く)2000円 琉球バス交通・沖縄バス・東陽バス・那覇バス ゴールデンウイークフリー乗車券1000円、バスの日(9月20日頃)フリー乗車券1000円 読谷村コミュニティーバス 1日乗車券400円 石垣島・東運輸 空港線・川平リゾート線5日間フリーパス1000円、みちくさフリーパス(全ての路線バスが、5日間乗り放題)2000円 西表島・西表島交通 1Day Free Pass1000円、3Day Free Pass1500円 与論島・南陸運 2日間乗り放題チケット500円 |
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○福島第一原発事故に関するリンク集 http://www.scn-net.ne.jp/~onodak/news/index.html ○DAYSから視る日々 http://daysjapanblog.seesaa.net/ ○独立系メディア今日のコラム 青山貞一・池田こみち http://eritokyo.jp/independent/aoyama-column1.htm ○小出裕章(京大助教)非公式まとめ http://hiroakikoide.wordpress.com/ ○twitter#genpatsu http://twitter.com/#!/search?q=%23genpatsu ○twitter#fukushima http://twitter.com/#!/search?q=%23fukushima |
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台風一過。朝こそ雲も多かったが、徐々に晴れ間が広がった。 冷蔵庫に残っていた沖縄そばの出汁に冷凍しておいたご飯を加え、卵を落として雑炊で朝ご飯。停電中は冷凍庫に緊急避難させておいたマグロの漬けもトッピング。 那覇バスターミナルまで自転車で行き、11時半発の89番糸満線に乗車。今日は旧暦の8月15日、糸満大綱引が開催される。 白銀堂から糸満バスロータリーの間が綱引き会場になる事から、バスは白銀堂の手前を曲がったところに設置した臨時のバス停に着く。そこからしばらく歩いて白銀堂に。綱引き用の大綱は最終仕上げにかかっていた。 |
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←大綱作りも最終段階。綱の総重量は10トン、最大直径1.5メートル、長さ180メートル。 ↓糸満小学校での出発式。 |
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綱引き自体は17時からだが、糸満小学校の校庭で13時半から道ズネーの出発式、そして14時から小学校から白銀堂まで道ズネーが行われる。 開会式前に小学校へ行くと徐々に道ズネーに参加する団体の旗頭が並び始めた。旗頭の後ろには子供たちや青年団、婦人会の踊り手が並ぶ。開会の挨拶が行われている間も、後ろの方では踊りの練習に余念がない。 写真を撮っていたらいつの間にか道ズネーが始まったようで、順番に校庭から道路に出て演舞を披露。立ち止まって踊っては少し進み、また踊る。そうして全ての団体が小学校から白銀堂まで道ズネー(練り歩く)するので、プログラム通り2時間半以上はかかる。距離にして2キロほどあるのだろうか? |
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予定時間を少し押してニシカタ(北組)、フェーカタ(南組)に分かれた大綱引きが始まった。まずは会場中央に雄綱、雌綱の頭を寄せる。カヌチ棒で雄綱の頭を潰して、雌綱の環に雄綱の頭を入れ、外れないようにカヌチ棒を差し込む。綱引きが、子孫繁栄を願って行われる行事だと言うのがよく解る儀式だ。 綱が一本になったところで、それぞれ糸満の伝説の人物だというイチマンマギー、マカビチャーンに扮した支度(シタク、若者)を板に乗せて中央で暫く睨み合い。そして綱引きとなった。 |
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↑左がニシカタ(北組)のマカビチャーン、右がフェーカタ(南組)のイチマンマギーかな? |
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←15分弱で勝負がついて、4年ぶりに南組の勝利だそうです。 ↓綱を引いていた人、見ていた人がそれぞれ大綱の縄を切って持って帰る。 |
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来る時に停まった臨時のバス停の道路を挟んだ反対側で、那覇行きのバスを待つ。しばらく待ってやってきた89番のバスで那覇へ。お腹が空いたので、久しぶりに高良食堂へ。カツ丼と沖縄そばのセット。 糸満大綱引きの写真をPhoto Albumにしました。大綱作りと道ズネーの様子はこちら。綱引きの様子はこちら。*10月25日に更新。 |
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じゅうご、じゅうろく、じゅうしちと、アタシの人生暗かった〜と宇多田ヒカルのお母さんは昔「圭子の夢は夜ひらく」で歌っていたが、15、16、17号と大型の台風が続けざまにやってきて南西諸島は大変でごじゃります。 |
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朝起きると、那覇はすでに暴風域。朝のTVニュースが、近所の国道58号で大型のトラックが横転したと伝えている。マンションの通路に出て58号を撮影してみるが、暴風雨で前が見えない。 部屋に戻ってカメラのプレビューを見ると、パトカーが一台道路に止まっていた。 お昼のニュースでは、軽自動車も何台か横転したようだ。 |
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モノレールも路線バスも、今日は終日運休。出かける事もできないので、撮りっぱなしの写真をパソコンで現像していたら、お昼過ぎに停電になった・・・orz。しょうがないのでベランダ近くの明るい場所で先日借りてきた本を読むが、風が玄関ドアの郵便受けをバタバタと震わせ、ビル全体を揺さぶっているので落ち着かない。 夕方の早めの時間にさっさと晩ご飯。幸い、水とガスは大丈夫。朝作っておいた卵焼き、一昨日の残りの大根とマグロの煮付け、みそ汁。ビールも1本。 夜になっても電気が復旧する気配がない。醤油に漬けておいたマグロの刺身は、氷のいっぱい入った冷凍庫に緊急避難させたが、冷蔵庫にはプルコギ用の肉が残っている。お腹はそんなに空いていないがフライパンで焼いて、泡盛のおつまみに。今日が賞味期限のジーマミー豆腐は、食後のデザートだ。残波が無くなり、途中から一昨日買った忠孝に。 もう今日中の復旧はないだろうと思った夜中、カチッとスイッチが入る音がした。テレビのリモコンボタンを押してみる。電気がついた。 |
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沖縄は契約世帯の6割近い計33万4千世帯が停電していた模様。 遠くで近くで、パトカーや救急車のサイレンが鳴り響く一日だった。 |
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明日の午後から台風17号の影響で天気が崩れると言う事なので、今日のうちに家賃を払いに行き、食材の買い出し。 港近くの泊いゆまちで、マグロの切り落としと脳天を買ってきた。 |
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↑マグロの切り落とし。てんこ盛りで500円。 | ↑マグロの脳天。240円。 | ↑遅まきながら生まれて初めてガリガリ君梨あじを食べました。 |
←さっそく晩ご飯はマグロづくし。脳天は、大根と一緒の煮付けと、ごまポン酢をかけてフライパンで焼いてもう一品。切り落としは、そのままお刺身で。残りは明日漬けにします。 漬け用のタレはないが、奄美で買った刺身醤油が冷蔵庫に入っていて、これが漬けに丁度良い。 九州の醤油はムチャクチャ甘口で、トロリとしています。 個人的には、アレは醤油じゃなくてタレじゃないかと思っています(笑)。 |
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←残波がそろそろ無くなりそうなので、忠孝酒造の泡盛・忠孝を買ってきた。これで沖縄に来てからの泡盛遍歴は、久米仙→菊之露→残波→忠孝。 | ||
買い出しの後、部屋にこもって書籍のデータ作成。サンプルプリントも出来上がり、DVD-Rにデータを焼く。明日郵便局に持って行き、レターパックで編集部に送ればお仕事完了です。 | ||
台風17号(ジェラワット)がやってくる。このところ、立て続けに大型の台風が沖縄に来ている気がする。 | ||
↑は、ヤフーの天気予報から。 ←は、naoさんのブログ「シマだより」から拝借してきた米軍の進路予想図。 台湾の手前でほぼ直角に曲がって、沖縄に向かって来るって・・・嫌がらせでしょうか(笑)。なんだか余りの事に笑ってしまいます。いや、実際に来たら笑い事じゃないんだけれど、こんな進路予想図見た事無い。スゲー。 |
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久しぶりに図書館に行って本を借りてきた。「北回帰線の北/吉田 元」(冬青社)、「神々の残映/吉田 元」(冬青社)、「FENCES,OKINAWA/石川真生写真集」(未来社)、「塩屋・ウンガミ/平良孝七・塩屋ウンガミ刊行委員会編」、「アシャゲの遊び/親泊康哲写真集」。*返却期限は10月10日。 | ||
今日、このホームページのトップにあるカウンターが、123456と並んだ。ちなみに自分が踏んだのは123458。プレゼントはありませんが、おめでとうございます。 | ||
バスの日記念後期の2日目。今日は中城城跡で開催される北中城青年エイサーを見に行こうと決めていましたが、エイサーは午後4時から。せっかくの乗り放題切符なので、その前にコザに行ってみる。 ↓昼の閑散とした吉原社交街。それでもほぼ壊滅したと言われる真栄原社交街よりは、開けている店があるようだ。 |
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吉原をしばらく散策した後、コザ十字路を挟んで対角線にある照屋一丁目へ。銀天街と書かれたアーケードに入るが、シャッターを下ろしたお店が目立つ。アーケードを出たところにあった小さな広場で、作ってきたおにぎりと卵焼きで昼ご飯。 ↓かつては黒人街だったという、照屋一丁目界隈。 |
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照屋一丁目を散策した後、コザ十字路のバス停から52番の与勝線で北中城村役場前へ。 一昨日、今日の青年エイサーの開催時間や場所の確認のため役場に電話をしたところ、中城城跡行きの路線バスは廃止になったが、エイサー当日は役場前から会場までのシャトルバスが運行することを教えてもらった。 エイサーは16時からで、シャトルバスは15時から1時間に1本の運行と聞いていたが、役場前に行ってみると14時からバスが出ており、2台のバスで1時間に2往復しているようだった。 |
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エイサーが行われる会場は無料区域だが、せっかく来たので400円の入場料を払い中城城跡を見学。 ←入場チケットと一緒に貰った栞に護佐丸の墓というのが書いてあったので、行ってみた。沖縄本島で最も古い亀甲墓だそうです。 |
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北中城青年エイサーは16時頃にスタート。プログラムによれば、各地区が20〜25分で順番にエイサーを披露し、カチャーシーの後、21時から花火が打ち上げられて終了となっていた。 コザの写真と、中城城跡と北中城青年エイサーの写真をPhoto Albumにしました。コザの美里一丁目、通称吉原社交街と照屋一丁目の写真はこちら。中城城跡と北中城青年エイサーの写真はこちら。*10月25日に更新。 |
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夜、木曜日の深夜にアマゾンでポチッとしたプリント用紙とインクが届く。 オキナワンロック。You Tubeから「Kyan Marie with MEDUSA」。ハード・ロックは門外漢だけれど、彼女のアナログLPは一枚持っていた気がする。 |
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秋分の日。今日と明日はバスの日記念の後期で、1000円のチケットで高速を除く路線バスが2日間乗り放題。 冷凍のうどんを茹で、冷蔵庫に残っていた沖縄ぞばのだし汁にうどんつゆを足し、卵と天かすを乗せてタヌキ月見うどんで朝ご飯。 お昼ちょっと過ぎに、国道58号沿いの最寄りのバス停から28番の読谷バスターミナル行きに乗車。 |
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↑28番のバスは、わりと便数が多い。バスターミナルまで1時間半ほどかかって到着。 |
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↑読谷バスターミナルからの眺め。バス乗り場には、無事故達成の記録を表示したプレートが。4日か・・・5日前に何があったんだ。 |
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本日の目的地は、残波岬。以前は路線バスが近くを通っていたらしいが、今は町営のコミュニティーバスの運行にかわったようだ。400円で一日乗車券を販売しているが、本数が少なく片道200円で往復しても400円、帰り道を歩きにすれば200円で済むので今回は買うのをやめた。 | ||
残波岬公園でバスを降りて、目の前にある灯台へ向かう。入場料200円を払って、灯台の中の螺旋階段をぐるぐると上る。 360度の展望台からは、切り立った崖や東シナ海が見える。 この残波岬は、沖縄戦の際に米軍が本島上陸の目印にしたと言われている。 読谷村の戦跡については、こちらを。 ←残波ビーチ。 |
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切り立った崖の上の広場をしばらく散歩してから、残波ビーチの横を通って読谷バスターミナルまで歩いてみる。写真を撮りながら歩くと30分では着かないが、1時間はかからないと言った距離だろうか。 |
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家に帰り、ご飯を炊き、ふーちゃんぷるーを作る。お麩を水で戻し溶き卵に絡めてフライパンで焼く。肉、野菜を炒めて、初めに炒めておいたお麩を加える。味付けは塩、胡椒、醤油。ごま油とコーレーグースを振りかける。野菜はモヤシが良いんだろうけれど、無かったのでキャベツ。 これまでモヤシは1袋20円とか、高くても40〜50円位だと思っていたが、沖縄のスーパーだと80円程するので気楽に買えない・・・orz。 |
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作り直さなくてはいけないカットがいくつかあるが、書籍用のデータ作成は一段落したので、富山の実家に帰っていた時に撮ったスナップを現像。8月31日に撮影した家の近所のスナップと、9月2日に撮影した越中八尾のおわら風の盆の様子をPhoto Albumにしました。 | ||
↑8月31日のスナップをPhoto Albumにしました。こちら。 |
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↑9月2日のスナップをPhoto Albumにしました。こちら。 |
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一昨日安全宣言が出された新型輸送機オスプレイの初の試験飛行が、今日岩国基地で行われた。 ←は、10月から配備されようとしている普天間飛行場。住宅地の真ん中にあるのがよくわかると思う。 沖縄に米軍の基地が沢山あるのは知識として知っている人は多いと思うが、車で58号を走れば強く実感できる。また太平洋側にもキャンプ・シュワブや北部訓練場がある。沖縄の主な米軍施設。 |
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今日の午後に行われた民主党の代表選挙で、野田佳彦氏が大差をつけて再選した。 ひと晩たてば 政治家の首がすげかわり 吉田拓郎「アジアの片隅で」は元々好きな曲ですが、昨年の3.11以降聴く回数が増えたような気がする。 明日はバスの日記念の後期です。さて、どこへ行こうか。アジアの片隅で、泡盛飲んで考えます。 |
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台風16号は秋を連れてきたようで、このところ涼しい日が続いている。台風は沖縄本島北部に被害をもたらしたようだが、与論島は凄まじい暴風で屋根を飛ばされた家がいくつもあるようだ。被害をまとめたものがこちらにある。 カレーライス、タコライス、オムライスとバタ臭い食べ物が続いたので、今日のお昼はあっさりと。刺身の盛り合わせ、納豆、カクテキ、味付け海苔、豆腐と油揚げのみそ汁、サンピン茶。 |
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←↓刺身はマグロ、タコ、サーモン、マグロのタタキ、アカニシガイ他。納豆はナットちゃんブランドの、なっタン。 | ||
↓午後、激しい音と共に雨が降り出した。ベランダを見ると、市街を覆う雨雲。夕方には止んだかな。 |
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昨日、書籍用の撮影データが一応完成したので、今日は午前中からサンプルプリントを作成。データに添付する印刷見本のようなものです。 プリントしてみて、データを手直ししたくなったカットがいくつか出てきた。 プリント用紙とインクの在庫が少なくなったので、アマゾンでポチッ。 |
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8月29日の那覇から関空までのスナップを、Photo Albumにしました。こちら。 | ||
朝こそ雲も多かったが、少しずつ晴れ間が広がり午後には台風一過の青空となった。 昨日は全島の路線バスが終日運休となって使えなかった、バスの日記念フリー乗車券。2日間乗り放題で1000円という夢のようなチケット。残りの今日、元を取るべくチケットを持って遠出してみました。 国道58号沿いの最寄りのバス停から、77番の名護東線に乗車。普天間、コザ、金武を通り辺野古で下車。約2時間ほどバスに揺られて13時15分過ぎに到着した。 |
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バス停から集落を抜けて、辺野古の海に出る。辺野古漁港に隣接する浜には、キャンプ・シュワブとの境界を示すフェンスが設けられている。 漁港を挟んでこの浜と反対側に、ヘリ基地反対協議会の座り込みテントがあった。昨日の台風は、この辺野古も直撃したらしい。 このところ尖閣諸島の領有権、オスプレイの配備、高江のヘリパッド建設と沖縄を取り巻く問題が沢山あるので、普天間飛行場の辺野古への移設問題が話題になる事は少なくなったが、今でも座り込み行動は毎日続けられており3000日を越えた。 ヘリ基地反対協議会の施設で署名をし、水をご馳走になり資料をいただいた。辺野古の問題については、反対協議会のホームページで。高江のヘリパッド建設については、やんばる東村 高江の現状を参考に。 |
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辺野古のバス停に戻り、14時45分のバスで金武町役場前へ。バス停の近くにうしなー社交街と書かれた門が建っていたので、撮影しながら歩いてみる。社交街の中程に小さな広場があり、「牛納(ウシナー)の由来」と書かれた案内板があった。 ウシナーとは現在の牛納社交街の一帯をさす地名で、沖縄方言で闘牛場を意味するそうです。 金武町役場前から金武入口まで、バス停にして4つ分を歩く。キャンプ・ハンセンの道路を挟んで反対側に広がる、金武社交街を写真を撮りながら歩く。午後の早い時間、開いているのはタコライスのお店ばかりだ。 タコライス発祥の店と言われるところで一つ購入して、近くの公園のテーブルで食べた。ビニール袋から取り出して、その量に驚いた。二人前!?1/4ほど食べて降参。残りを家に持って帰る事にする。 |
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↑金武社交街の中にある公園にて。 →発祥と言われるお店で買った、タコライス。400円のタコライスにチーズと野菜をトッピングして600円。お供は自販機のドクター・ペッパー120円。 ↓金武から那覇へ。車窓から。 |
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金武入口を17時11分のバスで那覇へと戻る。 辺野古と金武社交街の写真をPhoto Albumにしました。こちら。*10月25日に更新。 |
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台風の影響で、朝から大荒れの天気。ベランダ側はそうでもないが、中央が吹き抜けになっているビルの作りのせいか、玄関側から風の吹きすさぶ音が盛大に聞こえてくる。 |
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今日も一日部屋でデータ作成。しばらく作業すると眠くなり、布団に横になったりするのでなかなか捗らない。それでも、ゴールが少し見えてきた。 | ||
本日の作業BGM、「Abraxas/Santana」「Live On Tour In Europe/Billy Cobham&George Duke Band」「Blue/Joni Mitchell」「Talking Book/Stevie Wonder」「Silk Degrees/Boz Scaggs」。 お昼ご飯は、肉野菜炒めと野菜スープとキムチとご飯。晩ご飯はオムライスと野菜スープとキムチ。 |
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一昨日からやわやわ(やわやわ=富山弁でゆっくりの意味)と、東京で撮影してきた写真のデータ処理。今日も午前中から机に向かうが、ついついネットを巡回して作業が捗らない。奄美大島完全縦断 笠利崎→古仁屋なんていう映像を見つけてYou Tubeで20分も観てしまう(汗)。 |
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今回が、新しいパソコンを買って最初のまとまった量のデータ作成。ソフトも新しいバージョンにして慣れない事ばかり。デュアルモニターも初めてだが、右のナナオCE240Wで現像、左のiMacのディスプレイでフォトショップによる画像処理という感じに決まって来た。マジックマウスでも大丈夫かな?と思っていたけれど、細かい作業はやっぱりペンタブレットが使い易い。 | ||
非常に勢力の強い台風16号(サンバ)は、沖縄本島を直撃しそうだ。 16時10分に那覇市から、16時30分と17時43分に浦添市からエリアメールが届く。 夕方から強風が吹き始め、夜になって暴風となる。 携帯電話と懐中電灯は充電しておき、浴槽に水をためておいた。 路線バスは、19時には運行中止になった。明日はバスの日だが、終日全便運休だそうです。 |
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明日、沖縄では各地でエイサーのイヴェント、奄美では豊年祭が予定されていたが延期になったようだ。 ところで台風16号の名称は、サンバ。↓ネットから拾ってきました。こんな台風? チャ __ハ__ |
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9月12日(水) |
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なんとも身体が怠い。昨日のウンガミの撮影が長丁場だったこともあるが、塩屋までのバスの旅がこたえている。乗っているだけとはいえ、往復6時間はちょっとキツイかも。 |
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→先日の東京での撮影に使った機材が、宅急便で帰って来た。荷物に航空貨物安全確認状という紙が付いてきた。ストロボ、ハードディスクと記したが安全確認のために開封したようだ。 さて、明日から部屋にこもってデータ作成しなくては。 |
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朝4時半頃に目覚ましをかけ、6時半頃に部屋を出る。国道58号沿いのバス停から、名護バスターミナル行きに乗車。 今日は大宜味村の塩屋湾で、重要無形民俗文化財に指定されているウンガミ(海神祭)が行われる。前日に役場に問い合わせたところ、午前11時に田港集落のアサギ(アシャゲ)で神事が始まると言う事だったので、余裕をみて10時には塩屋に着くように家を出た。 名護から辺土名行きのバスを待つ間に、バスターミナルの食堂で2個170円のシャケのおにぎりと、自販機で100円のサンピン茶を購入し、朝ご飯。 9時10分の辺土名行きに乗り、塩屋橋で下車。塩屋の集落を抜けて、塩屋湾沿いの道を奥へ奥へと進む。屋古の集落を過ぎて、田港集落に着いた。 公民館でミキ(奄美と同じくお米にサツマイモの汁を加えて発酵させたもの)をご馳走になり、山の方にあるアサギに向かう。 アサギにヌル(ノロ)や神人(カミンチュ)が揃い、集落の人が駆けつけて御願(ウガン)が始まった。せっかくなので、私も神人の前に座り神酒(泡盛)を一口いただき、お餅を2つ貰った。 田港での御願が済んだら、小太鼓を持った島方(シマンホー)に先導されて屋古のアサギへ向かう。 屋古アサギの前にはクームーと呼ばれる藁で編んだテントのような建物が作られており、弓を持って「ヨンコイヨンコイ」と唱えながら柱を回る儀式などが行われた。 |
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↓→屋古アサギで行われた、ヌルと神人による御願。 | ||
屋古での御願の後、塩屋湾で御願バーリーが開始される。屋古の海岸から爬龍(はりゅう)船が出発し、塩屋の海岸で各集落の女性たちが海に入って船の到着を迎えると言う儀式。 |
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↑土俵のある広場で踊っていた女性たちが、爬龍船のスタートに合わせて海に入り御願をする。海に浸かって踊ったり、水を掛け合ったり。祭りのハイライトかもしれない。 | ||
↑御願バーリーの後、集落を通り兼久浜へ。 ←兼久浜での御願。島方が又ザイで塩をかきあげイルカを捕るしぐさをしている。 |
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←兼久浜の御願から、塩屋の土俵のある広場シナバに戻り、ヌルの御願が行われた。この御願の後、白い装束を脱ぎ普段着に着替えられたので、神様から普通の人に戻られたようだ。 ↓この日の御願が終わり、角力(相撲)が行われた。奉納相撲、組み相撲と見て、塩屋橋を17時35分のバスで名護に戻った。 |
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名護バスターミナルを18時30分のバスで、那覇へ戻る。 本日の出費。名護までの往復1770円x2、名護ー塩屋橋の往復710x2、おにぎりとサンピン茶270円、オリオンビールとカップ焼きそば360円。 →帰りのバスから撮影した、名護の海。 |
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塩屋ウンガミについては、こちらやこちらに儀式の詳細と流れが記されており、参考になります。 塩屋ウンガミの写真をPhoto Albumにしました。田港アサギ、屋古アサギでの神事はこちら。御願バーリーの様子はこちら。ナガリ、シナバでの御願と角力、集落の風景はこちら。*10月25日に更新。 |
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9月9日(日) |
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朝9時過ぎにホテルをチェックアウト。入谷から日比谷線で上野へ。上野で山手線に乗り換えて、浜松町。浜松町からモノレールで、羽田空港へ。 | ||
羽田から那覇までは、13時出発のスカイマークSKY517便。 11時になるまで少しロビーで待って、自動チェックイン機でチケットを発券。 手荷物を一つ預けて搭乗手続きを済ませ、出発ロビーで上野駅で購入した助六すしとカニ・クリームコロッケを食べる。 ←羽田を飛び立って暫くすると、富士山が見えた。 |
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那覇空港から、ゆいレールで美栄橋駅。美栄橋から20分程歩いて自宅へ。とりあえず部屋に荷物を置いて、バスの日記念フリー乗車券を買いに行く。今月の4日から発売開始ですが、確か枚数限定なので東京に行っている間に売り切れていたらどうしようと心配していました。 |
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←9月16、17の前期と、22、23日の後期があり、2つとも購入。→フリー乗車券を買ったら貰えた、沖縄のバス運行時刻表。 | ||
しばらく家を留守にするので、冷蔵庫の中はほとんど空っぽの状態にして来た。さっそくスーパーへ行って、食料品の補充。晩ご飯は焼き肉、ライス、沖縄そば。 デスクトップのiMacにドコモのL05Aを繋いでインターネットに接続しようとするが、上手くネットに繋がらない。ドコモのフリーダイヤルに電話をかけて、状況を説明し解決策を考えてもらう。考えてもらっている間、よく見るとL05Aをハブに繋いでいる。ハブではなく本体のUSBポートに差し込むとどうなるかやってみたら、何の事は無い、ネットに繋がった。 ドコモのアドバイザーに経緯を説明し、解決した事を告げる。 どっと疲れが出て布団に横になり、お酒も飲まずに就寝。 |
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昨日の撮影の疲れとお酒の酔いがあって部屋でウダウダと過ごし、チェックアウト時間ギリギリの12時少し前にフロントで手続き。当初は5、6、7の3泊の予定でしたが今晩も同じホテルに宿泊。ただ同じ部屋は取れなかったので、部屋を移動してチェックインの仕直し。 | ||
これまでは5階のセミダブルのシングルルームでしたが、今晩は3階の2段ベッドのシングルルーム。なぜシングルルームで2段ベッドなのかは謎だが、置いてあるものはしょうがない。 通常のチェックイン時間は午後3時〜ですが、部屋の掃除が出来ているからと直ぐに入れてもらった。 |
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新しい部屋に荷物を置いて、カメラを持って久しぶりに東京下町散歩に出かける。 千束4丁目から浅草5、6丁目。言問橋を渡って向島へ。鳩の町商店街を抜けて東向島。向島百花園の隣りを歩いて明治通りに出て、白髭橋の近くのコンビニでビールと肉まんを購入。白髭橋を渡り、清川、日本堤、竜泉と歩いて千束に戻り、ディープな下町散歩終了。 鷲神社の裏の方にあるお店で買って来た10個300円のたこ焼きをホテルで食べて、しばらくお昼寝。 |
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←白髭神社の近く、東向島の一角。細い道の両脇に古いアパートが並んで建っていて好きな場所だったが、駐車場になっていた。 ↓は、2008年の7月に撮影。一番下は、2005年の7月に撮影。 こうして町は少しずつ変わって行く。5年もすれば、昔アパートがあった事も忘れられてしまうかもしれない。 |
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夜、晩ご飯を食べに出る。肉まんとたこ焼きしか食べていないのでお腹は空いているはずなのに、なんだか食欲が無い。冷房病? 奄美も沖縄もエアコンを使わない生活をしているので、東京に来てから電車の冷房やホテルのエアコンが身体に負担になっているのかもしれない。 さんざん迷って千束通りにあった甘味やさんで500円のチャーシュー麺。ラーメンが400円なのでたいしたチャーシューは乗っかっていないだろうと思っていたが、分厚くて大きなチャーシューが2枚乗っていて驚いた。もっと体調の良い時に食べたかった。 |
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出版社のスタジオでゆうき指圧整体院、膝・股関節研究所の大谷内輝夫先生の書籍第4弾の撮影。 | ||
朝9時過ぎにホテルを出て、10時前に出版社へ。スタジオでストロボのセッティング,モデルさんの衣装選びのあと、昼1時頃から撮影スタート。 ←撮影の後の記念写真。手前が大谷内先生ご夫妻。後列左から第1弾〜3弾までを担当した一條さん、モデルの三宅あみちゃん、今回の第4弾を担当する編集の北條さん、ヘアメイクの井口直子さん。 |
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今回の担当編集者、北條さんの作成した撮影リストに従って順番に撮って行く。途中2回ほど撮影データのバックアップを兼ねて短い休憩を挟み、18時頃に撮影完了。80カットほどを撮り終える。 スタジオを片付け、富山と那覇から送った撮影機材を今度は送り返すための手配。ちょっと遅れて、北條さんと打ち上げ会場の鳥つねに向かう。 コース料理とお酒をいただいた後、上野のバーを2軒はしご。日付も変わった頃に、銀座線、日比谷線を乗り継いでホテルに返る。 |
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9月6日(木) |
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午前中から秋葉原のヨドバシに行き、地方では手に入れにくいピクトラン局紙のポストカードサイズのプリント用紙、明日のスタジオ撮影で使用するトレーシングペーパーを購入。 ヨドバシカメラから歩いて10分ほどのソニーのサービスセンターで、α700を2台センサークリーニングに出す。2時間ほどかかるという事で、その間に湯島の出版社のスタジオにトレーシングペーパーを持って行き、制作部のIさんとお昼ご飯。 ご飯を食べ終わり、センサークリーニングの完了したカメラ2台を引き取りに行き、秋葉原から日比谷線でホテルのある入谷へ。ホテル1階にあるコインランドリーで溜まった洗濯物を洗い、夕ご飯のお弁当を購入。焼肉弁当とメンチカツ、コロッケ。お供は缶チューハイ。2本飲んで、早めに就寝。 |
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↑ピクトラン局紙の、ポストカード用プリント用紙。 | ↑2台のα700をセンサークリーニングに。 | ↑250円の弁当と、50円のメンチカツ、20円のコロッケ。 |
昨日は、高岡駅を午後1時38分発の特急で越後湯沢へ。越後湯沢で上越新幹線に乗り換えて、東京に着いた。東京駅から中央線と山手線で、HARUKI邸へ。約1年ぶりの再会を祝して、2階のベランダで夕暮れを見ながら缶ビールでプチ宴会。音こそしないが間断なく稲光りする遠くの空を見ながら、グラスを傾ける。 |
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今日は午前11時頃にHARUKI邸を出て、恵比寿の東京都写真美術館へ。「夢の光/田村彰英」「SOUND&VISION/鋤田正義」と、2つの写真展を見る。 |
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午後2時頃に美術館を出て、恵比寿駅へ。日比谷線で、今日から3日間宿泊するホテルのある入谷へ。3時過ぎにチェックインして、部屋に荷物を置き、またすぐに入谷の駅から上野広小路駅へ。上野広小路から出版社のある湯島まで歩く。 |
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帰りは湯島から、御徒町、台東、小島、元浅草、寿と歩いてホテルへ。 途中250円の弁当と100円のしゅうまい、ビールを買って帰る。 |
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HARUKI氏の連載「Photographer's File#19:田村彰英」 | ||
9月2日(日) |
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9月の初めに帰省することがめったにないので、今まで見た事のなかったおわら風の盆。せっかくの機会なので、町流し見物を楽しみに越中八尾へ出かけてみた。 | ||
お昼1時過ぎに家を出て、北陸線の普通列車で富山駅へ。富山から高山線で、越中八尾駅へ。 駅から町の中心地まで、ぶらぶらと歩いて行く。途中、ところどころで町流しや輪踊りが行われていた。 ←下新町の町流し。 |
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町流しは午後3時から5時まで。2時間ほど休憩があって7時から11時までが夜の町流し。 夜の部は「日本の道百選」に選ばれた諏訪町の町流しを見ようと、6時過ぎには場所を確保して待っていましたが、次々に人が流れ込んで来て収拾がつかない状態に。2時間ほどじっと座って場所を確保していましたが、途中から小雨がパラついて町流し自体が中止になってほとんど何も見れなかった・・・orz。 |
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しばらくして雨は止んだが、町流しをするかどうかは11町それぞれの判断だそうです。これ以上町流しを見れるかは運なので、帰り支度をして駅に向かいながら、途中どこかで見れたら良いな〜くらいの気持で坂道を歩く。 ←人垣が出来ていて少ししか撮れなかったが福島町(たぶん)の、夜の町流し。 |
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八尾の中心町を離れ十三石橋を渡り福島町に来た時、人ごみが出来ていた。町流しなのだろうが、一軒一軒踊り歩いている風で、角付、あるいは奄美で言う家回り(やーまわり)のような趣があった。 *この日のPhoto Albumは、こちら(9月24日に更新)。 |
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