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◯都内の最新感染動向 https://stopcovid19.metro.tokyo.lg.jp/
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◯新型コロナウイルス感染速報 https://covid-2019.live/
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◯DAYSから視る日々 http://daysjapanblog.seesaa.net/
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◯独立系メディア今日のコラム 青山貞一・池田こみち http://eritokyo.jp/independent/aoyama-column1.htm
◯小出裕章(京大助教)非公式の説きまとめ http://hiroakikoide.wordpress.com/
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4月10日(金)

 今日は全国的に広い範囲で雨模様のようで、富山も朝から雨が降っている。朝食を食べ、3月30日にスタートした朝ドラ『風、薫る』を見てから副菜作り。煮物(大根、人参、がんもどき、さつま揚げ、こんにゃく他)とポテトサラダを作った。残ったご飯をラップに包んで冷凍してあったものが溜まってきたので、電子レンジで解凍して今日の晩ご飯用と明日の朝ご飯用のおにぎりにした。酢のものを作るのは明日だな。
  一昨日診察してもらった眼科へ、その後の経過を診てもらう。かなり良くなっていて点眼薬は朝晩2回と同じだが、軟膏は朝昼晩の3回から朝晩の2回に。もう診せに行かなくても良く、点眼剤を使い切れば治療は終了のようだ。

 求心力のある人という評価は良く耳にしたり目にしたりするが、遠心力と書かれる人を初めて見た。時事通信の<予算成立、高揚感なく 強気の首相、自民と溝 「国論二分」政策に影〔深層探訪〕>という記事の中で、高市首相の進める政策に自民党内からも批判的な声があがり、人が離れて行っているという。
 国会議事堂前で一昨日行われた「平和憲法を守るための緊急アクション」には、SNSを通じて約3万人が集まったそうだ。相変わらずテレビではほとんど放送されていないが、東京新聞毎日新聞朝日新聞が記事を掲載している。

 この他の気になった記事を備忘録として。
イスラエルがレバノン猛攻 ホルムズ海峡開放、再び不透明に―11日に米イラン和平交渉開始
米民主、イラン攻撃制限決議案を再審議へ 「トランプ氏は常軌逸する」
ビザ厳格化で外国料理店の閉店相次ぐ 資本金規定が一気に6倍「3000万円なんて無理」

◯女王の足の指

 撮影したアーティスト写真のデジタル化で昔のフィルムを引っ張り出していたら、こんなカットが見つかった。新世代ファドの女王と呼ばれたポルトガルの歌姫、ドゥルス・ポンテスだ。
 彼女を撮影したのは、もう26年も前になる2000年5月。これはレコード会社でのインタヴューの後のフォトセッションでのカット。Tシャツにジーンズというラフな格好で現れ、撮影用のバックドロップ(背景布)に穴が空いているのを見つけると、洋服を着るように穴から顔を出し「My dress!」とおどけて見せるなど、とても気さくな対応だった。こちらがポーズをお願いするというより、彼女が好き勝手に動くのに合わせて撮影するという感じだった。
 この写真がどんなやりとりで生まれたのか覚えていないが、この直前のカットは椅子の背もたれに脚を乗っけているが足先は床に向けられている。それにしても、この足の指の広がり!彼女の特技を披露してくれたのだろうか。足指じゃんけんができそうだ。
 ”新世代ファドの女王”という彼女につけられたキャッチフレーズの重さや堅苦しさを感じさせないフォトセッションだったが、その2日後に行われた渋谷オーチャードホールでのコンサートではガラリと印象が変わった。ファドを演奏するには楽器の種類も人数も多いグループを率いて歌う彼女の姿に圧倒されてしまった。
 見事な歌声と堂々とした立ち振る舞いでステージに立つ彼女は、やはり新世代ファドの女王だった。

YouTubeから「Canção do Mar/Dulce Pontes live at Herodes Atticus Athens

ドゥルス・ポンテス
・ハシケンのアーカイブ用ライヴ写真を新しくスキャンしたものに差し替え、加えて22枚追加しました。こちら
・エゴ・ラッピンのアーカイブ用カラー写真に、新しくスキャンしたものを5枚追加しました。こちら

4月8日(水)

 昨日は午前中に雨が降り気温も上がらず少し肌寒い一日だった。今日は朝から快晴だが、明日の夜から天気は下り坂で金曜・土曜は傘のマークがついている。春に三日の晴れなしだ。
 目薬をさし、目のまわりにオロナイン軟膏を塗り、冷えピタを当てたりしても症状が良くならないので、昨日の午前中に眼科に行った。花粉症の季節だからか混んでいて、待ち時間が30分〜1時間。最初に視力と眼圧の検査が行われ、その後に診察。検査は時間がかかったが、診察は短い問診で点眼薬とステロイドの入った軟膏をもらってきた。点眼薬は一日2回、軟膏は一日3回で、さっそく使ってみたが痒みが軽減し目のまわりの腫れが少し治まった気がする。
 午後、自転車で買い物に出た帰り、遠まわりして岸渡川の横を通ってきた。少し花は散っていたが、桜並木はまだ見頃だった。今度の日曜日は晴れの予報だが、それまでもつだろうか。

 イランに突き付けた期限が迫る中、トランプ大統領が自身のSNSで「今夜、一つの文明が滅び、二度と蘇ることはないだろう」とイランに警告する投稿をしていた。どうなるのだろうか、と思っていたら今朝になってパキスタンの仲介でアメリカとイランが2週間の停戦で合意したという報道が流れてきた。先が読めず不毛な戦争はいつまで続くのだろう。
 今日、国会議事堂前で平和憲法を守るための緊急アクションが行われている。生配信はこちら

藤田元

◯藤田元

 東京タワーに2013年9月まで蝋人形館があった。日本マクドナルドを創業した藤田田さんの会社、藤田商店が1985年に出店したものだ。
 この蝋人形館、マリリン・モンローやマドンナといった美女から、ケネディ大統領や蒋介石、毛沢東など各国の要人、エジソン、アインシュタイン、ガンジー、マザー・テレサなど様々な有名人の蝋人形が飾られていた。もちろん音楽関係の蝋人形もあり、誰でもすぐにわかるビートルズの他、フランク・ザッパ、リッチー・ブラックモア、ロバート・フィリップといったビッグネームの人形も。しかし蝋人形館の凄いのは、これらの人形に混じってドイツのロックバンド、アシュ・ラ・テンペルのギター、マニュエル・ゲッチングや、ドイツのサイケデリック・ロック・バンド、グル・グルの創始者マニ・ノイマイヤー、ドイツの作曲家、クラウス・シュルツといった東京タワーを見学に訪れる家族連れやカップルがほぼ知らないと思われるミュージシャンの人形も飾られているところだった。

 この人形のセレクトをしたのが藤田田さんの長男であり、当時蝋人形館の館長を務めていた藤田元さんで、実は元さんはジャーマン・ロックの収集家でもあった。
 藤田元さんを撮影したのは大鷹俊一さんの連載「レコード・コレクター紳士録」で、東京タワー内にある事務所で取材を行った。東京タワーの蝋人形館の前にはやはり元さんの経営する「COSMIC JOKERS」というショップもあり、こちらではジャーマン系を中心としたプログレものや、ディープ・パープルなどのハード・ロックものの珍しいCD、Tシャツから小物、ポスターなどが置かれていた。
 ジャーマン系にハマったきっかけについて、こんな話をされていた。
「72~73年ごろ、シカゴに留学したんですよ。当時、夜の9時ごろから夜中の1時くらいまでグル・グルとかのジャーマンものやザッパ、サン・ラなんかを流すラジオ・ステイションがあって、それをよく聞いてたのがジャーマンものにのめり込むきっかけの一つでしたね。そこがあるとき日本のバンドで<四人バショウ>ってのを流すっていうのを聞いて、ビルの上にあるそのFMにこれは四人囃子って言うんだって説明しに行ったんですけど、5人ぐらいでやってたのかな。普通のでれでれヒッピーではないんだけどちょっと変わった連中で、いろいろなのを聞いてたね。で、そいつらからアシュ・ラ・テンペルを聞けって教えてもらってね」
 当時、蝋人形館にマニアックな人形が飾られていることは知られていて、このコレクター紳士録の前にも、学生援護会の『an(アルバイト・ニュース)』の巻頭特集でマニュエル・ゲッチングの人形を撮影しに来たことがあった。
 ちなみに元さんの父親である藤田田さんも、柴田書店の『月刊食堂』という雑誌で何度か撮影したことがある。手元に残っているのは1995年2月号だが、インタヴュー取材というより藤田田詣でという感じで、編集長以下編集部全員で話を聞きに行ったのが強く印象に残っている。100円バーガーをキャンペーンしていた頃で、記事のタイトルは「藤田田社長、開戦信号を上げる。もう迷いはない。強襲作戦で有象無象を蹴散らかす」と付けられ、小見出しには<デフレ経済への回答、それは価格破壊しかない><全社員パソコン携帯で情報武装を一気に進める><不景気の中で勝つ方法を考えるのが指揮官の力>など勇ましい言葉が踊っていた。

東京・港区 1997年11月15日撮影
初出『レコード・コレクターズ』(ミュージック・マガジン)1998年1月号
#藤田元
#GenFujita
#東京タワー蝋人形館
#レコードコレクター紳士録
#アーカイブ 

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4月6日(月)

 今年の花粉症は、とにかく目が痒い(泣く)。痒いので手で擦っているうちに目のまわりが真っ赤に腫れてきた。
 微々たる額ですが、今日、国税還付金振込通知書が送られてきた。

 明日のNHK BS『新日本風土記』は「与論島」。与論島には奄美大島に移住していた2011年の8月18日〜23日までの6日間と、沖縄に移住していた2013年の4月24日、25日の2日間滞在している。2011年に訪れた時はフェリーに折り畳み自転車を積み込み、この小さい島を走りまわって撮影した。見覚えのある景色もたくさん登場しそうで、今から楽しみにしている。
 奄美群島から沖縄・宮古・八重山を旅して感じたのは緩やかな文化の混合。薩摩と琉球の文化が混じり合った奄美、大和と中国の文化が溶け合う沖縄。琉球弧に連なる島々で、それらは美しいグラデーションを描いていた。
 奄美群島で一番沖縄に近い与論島は、沖縄が返還されるまで日本最南端の島として人気を博し、かつては新婚旅行に訪れる人で賑わったという。その与論島には沖縄北部で行われているシニグ(シヌグ)という祭祀が受け繋がれている。沖縄で広く行われているウンジャミ(海神祭)は女神が司る海の祭祀で、シニグは男神が司る山の祭祀だと認識している。残念ながら与論島のシニグを撮影することはできなかったが、サアクラと呼ばれる祭祀場とシニグ神の依り代となる石を見つけることができた。
 新日本風土記では国の重要無形民俗文化財に指定されている「十五夜踊り」も紹介されるようだ。十五夜踊りは2013年4月に沖縄から撮影しに行った。島の安寧と五穀豊穣を祈る神事で、旧暦三月、八月、十月の十五夜に行われる。言い伝えによると踊りの起源は永禄四年(1561年)、当時の与論領主が三人の息子を島内・琉球・大和に遣わして各地の芸能を学ばせ、一つの芸能にまとめあげたものといわれている。奉納舞踊は大和風の芸能を演じる一番組と、琉球風の芸能を演じる二番組が交互に行う。そして奉納芸能の後は観客も一緒になってカチャーシーを踊る。
  奄美群島でも奄美大島、加計呂麻島、請島、与路島、喜界島、徳之島では祭りや祝宴のシメに踊られるのは六調だが、沖縄に近い与論島と沖永良部島ではカチャーシーが踊られる。不思議なのは沖縄本島と宮古島を飛び越えて八重山では逆にカチャーシーではなく六調が踊られる。文化・芸能の伝搬の不思議と面白さだ。

YouTubeから「シニグ祭り
与論島で「シニグ」
祭祀「シニグ」を調査 島内外の研究者ら29人が協力 与論島

与論島
↑島の中央にある与論城跡からの風景。沖に見える大きな島影は沖縄北部。2011年8月20日撮影。
田中京
◯田中京
 
 田中京さんを撮影したのは、大鷹俊一さんの連載「レコード・コレクター紳士録」だが、この取材をするまで田中角栄元首相にご子息がいることを知らなかった。
 京さんは1975年から約10年、CBSソニーで洋楽のプロモーションをされていて、エアロスミスやチープトリックが初来日した際のコーディネイトやプロモーションを担当されたという。レコード会社に勤務する前からロック関係の原稿や取材もされており、音楽評論家の顔もお持ちだったようだ。大鷹さんの記事によると紳士録の連載を始めるときに、”ブリティッシュ・ロックなら彼”と周囲から推薦されていたが、京さんが田中角栄氏と神楽坂の芸者・辻和子さんの長男として生まれ、真紀子氏とは異母姉弟であることから何かと身辺が騒がしく取材を遠慮していたそうだ。しかし2004年に京さんが扶桑社から『絆ー父・田中角栄の熱い手』という回想録を出版されたことで、この機会に話を伺うことにしたという。

 1951年生まれ、東京都新宿区出身で、取材した2004年はレコード会社を退職されて銀座7丁目でレストラン・バー「アールスコート」を経営されていた。
「中学1年の頃に観たのがシルヴィ・バルタンでしたね。当時はフレンチ・ポップスが流行っていた頃で、しかも映画『アイドルを探せ』がヒットしていましてね。確かサンケイ・ホールでした。バンドもけっこう巧いなと思って見てましたけど、考えてみたらジャズ系の人がやってたんですよね。ブリティッシュ系ではピーターとゴードンを最初に観ました。渋谷のリキ・パレスでやって、それはギターも連れてきてましたが、うわーかっこいいと思いましたね。その頃、ハニーカムズとかアニマルズとかが次々と来ましたけど、殆ど観ましたよ。で、こいつら巧くないなとか思ったりもしましたね(笑)。でも、その中でホリーズは本当にテクニックがありました。歌もそうだし、演奏も、ドラムがあんなにパンチが効いてるとは思っていなかったですし」
「面白いエピソードがあるんですよ。『ラバー・ソウル』ってのは、我々の歳ではたぶん僕が一番最初に聴いたんじゃないかと思います。というのも当時、レコード会社の高島さんっていう担当ディレクターの方が、やっぱりポップス好きだった同級生のお母さんと知り合いだったらしくて、ちょうど『ラバー・ソウル』のマスター・テープが届いたばかりの頃、スタジオで聴かせてくれたんです。それを聴いたときには、これはビートルズじゃないってくらいの重たさとスピード感があって、良い意味での違和感、それと新しいものにチャレンジした彼らへの驚きがありましたね」
 都会で生まれ、経済的にも恵まれた環境で育った氏ならではの贅沢なエピソードが次々と語られていた。
 wikiによると「アールスコート」は2007年に閉店し、以後は執筆活動や講演を中心に活動されているようだ。2016年に青林堂から『我が父ー男の中の男』を出版、2018年5月23日に田中角栄平和記念財団を設立されている。

YouTubeから「田中京・・・父と私とビートルズ」 「田中角栄の実子『音』を語る_田中京のクラウドトーク

東京・銀座アールスコート 2004年8月18日撮影
初出『レコード・コレクターズ』2004年10月号
#田中京
#KyoTanaka
#アールスコート
#EarlsCourt
#レコードコレクター紳士録
#アーカイブ

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・東京チンドンのアーカイブ用カラー写真を新しくスキャンしたものに差し替え、加えて29枚追加しました。こちら。
・小野リサのアーカイブ用カラー写真を新しくスキャンしたものに差し替え、加えて6枚追加しました。こちら。
・杏里のアーカイブ用カラー写真に新しくスキャンしたものを5枚追加しました。こちら。

4月4日(土)

 福岡さくらまつりが今月1日から岸渡川沿いで始まった。イベントが開催されるのは今日の夜と明日の日中だが、あいにく今日は暴風が吹いている。天気が良く青空が広がっていた昨日の午後に岸渡川の桜並木を散歩してきた。さくらまつりの期間中は、川沿いの道をデイサービスやケア・ホームの利用者を乗せた車が何台もゆっくり通っていく。両親の通っているデイ・サービスでも昨日はレクリエーションで、千保川へ車の中から桜を見る桜ドライブに行ったそうだ。
 2時間ほど写真を撮りながら散歩して家に帰り、身体に付着した花粉を洗い流すために急いでシャワーを浴びた。このところ目が痒くて手で擦っていたら瞼や目の周りが赤く腫れてヒリヒリと痛い。
 暖かくなってきたので、昨晩は湯タンポなしで布団に入った。

岸渡川の桜01
岸渡川の桜02
 今年度予算案での高市首相の参院予算委員会への出席時間が、今月3日時点で4時間。昨年の石破茂前首相の約1割だという。自民党閣僚経験者によれば「首相が『集中審議に出たくない』と言っている」からだという。集中審議に出たくないなら首相を辞任すればいいし、国会が嫌いなら議員を辞職すればいい。外交日程や体調考慮してという説明もあるようだが、審議にも出席できないような体調なら、尚更のこと辞職された方がいい。自分の意見を言いっぱなしにできるX(旧ツイッター)では雄弁に発信しているようだが、野党から問いただされる国会審議や記者から質問を浴びせられる記者会見から逃げるなら首相の資格などないだろう。

4月2日(木)

 日本時間の今日午前、トランプ大統領がホワイトハウスで国民に向けて演説し、「今後2、3週間で徹底的に攻撃するつもりだ」と語った。戦争終結の見通しが立たないことから日本では円安、株安、原油高が進行している。まさにトランプリスクだ。
 日本政府は石油の備蓄を放出し、ガソリン価格抑制のために予備費から8000億円程度の補助金を投入する方針だが、このまま戦争が継続し原油高騰が続けば補助金も枯渇するだろう。
 海運会社でつくる日本船主協会の長沢仁志会長は毎日新聞の取材で、中東のホルムズ海峡封鎖によるエネルギー危機について「深刻な原油不足までカウントダウンに入っている」と危機感を示したという。またブルームバーグは原油高と円安でスタグフレーション の懸念が高まっているという記事を書いている。
 日本経済が大打撃にあっているにも関わらず、高市政権は具体的で有効な経済対策を打つこともなく、国旗損壊罪や衆議院の定数削減など今その議論が必要?と、首をかしげる事ばかりしている。一昨日はミサイル攻撃を受けた場合などに市町村単位で全住民収容のシェルターを確保することを閣議決定したが、全住民を収容するシェルターなどできるのだろうか。仮にできたとして、そんな予算があるなら下水道管や道路、橋や橋脚といったインフラの整備に使って欲しい。物事を進める順番がわからなくなっているのだろうか。
 小泉防衛相は熊本市にある陸上自衛隊健軍駐屯地に配備した長射程ミサイルに関する住民説明会について「現時点で実施する予定はない」と話した。この有事の際の反撃能力(敵基地攻撃能力)にもなり得るミサイル配備は敵からの攻撃の的にもなり住民から不安の声が上がっているが、説明はしないという。この事は、これまで沖縄に対して行ってきた冷徹な態度を、本土にも向け始めたのだろうと個人的に理解している。
 この長射程ミサイル配備について中国外務省が「自衛や専守防衛の範囲をはるかに超え、憲法違反だ」と指摘し「日本の右翼勢力が安全保障政策を攻撃的・拡張的な方向へ転換させようとしていることを改めて示している」と述べた。中国が行っている軍拡の問題を置いておけば、中国の「専守防衛の範囲を超え、憲法違反だ」という指摘はもっともだろう。
 イスラエル議会は、テロ行為や民族主義的殺人で有罪判決を受けたパレスチナ人に対する死刑適用範囲を拡大することを可決した。ネタニヤフが首相のイスラエル、トランプが大統領のアメリカと、世界はいつまで付き合わなくてはならないのだろうか。

 この他の気になった記事を備忘録として。
「まさに図書館戦争」清瀬市で30年ぶり共産市長が誕生…4館閉鎖を巡る“騙し討ち”と市民の意地
旧統一教会、新団体設立へ 清算手続き中、宗教活動継続に向けて準備

ビル・トッテン

◯ビル・トッテン

 1941年アメリカ・カリフォルニア生まれの実業家で、評論家。1969年に来日し、1972年にパッケージソフトウェア販売会社アシストを設立。1989年に『優しい文具』シリーズと銘打った低価格のワープロソフト、表計算ソフトを販売した。代表的な商品の一つ表計算ソフトの「アシストカルク」は9,700円で、ロータス123が98,000円、一太郎が58,000円だった時代に一桁安い驚きの値段だった。低価格で使いやすいこともあって、アシストのこのシリーズは撮影した1990年当時で20万本売れるヒットとなっていた。
 ビル・トッテンさんを撮影したのは文系ビジネスマンが楽しむハイテク生活の本と題した『ALEK』という月刊のビジネス雑誌だった。取材は5月で、親日派の彼がジャパン・パッシング派の有力議員、R・ゲッパード米国下院議員に<アメリカ企業の近視眼的な強欲なやり方、国際的長期的視野の欠落、米国内の諸問題を日本に責任転嫁するより誠実に国内(アメリカ)の破局に向き合え>とするレッドペーパー(緊急提言書)を送り注目を浴びている頃だった。

 そしてこの年、ごま書房から『日本は悪くない~アメリカの日本叩きは「敗者の喧噪」だ』という初めての著書を出版している。
 取材はカラー6ページでジャーナリストの横江茂さんがインタヴューをしている。記事のタイトルは<アメリカに対し「NO」と言えるアメリカ人>。驚いたのはこの時、横江さんがテープレコーダーを使わず、僅かにメモを取るだけだったこと。それが送られてきた掲載誌を読むと6ページの見事なインタヴュー記事に仕上げられていた。例えば、こんな文章がテープ起こしではなく、簡単なメモだけで綴られている。

ーーあなたは米国コンピューター・ソフト業界の問題を通じて、アメリカ経済の根本的精神に訴えようとしている。それは少し感情的な面が強くありませんか。たとえば再三にわたってアメリカ企業の競争者排除、独占思考、一部経営陣の儲け過ぎに言及している。しかしそれが気に入らなくとも、批判するのは合理的なことでしょうか。少なくともアメリカには、独占禁止法もあり、経営者の多くは合法的にやっているが・・・
トッテン 多数の弁護士を雇ってね。それはまあいいとしても、私は合理的、論理的に述べているつもりです。給料のことでいえば、全人件費の多くのパーセンテージを経営者がもぎ取るのは非合理だ。たとえば私の会社のスタッフ625人のうち、私自身の存在は、何億円もの給料をもらうほど重要ではない。まあ代表者だから若い新入社員よりは高いけれど、彼らと私の給料の比が20対1、30対1になるほど働きによる貢献度の差はない。
 まして、たまたまマネーゲームにたけているだけの男がある日突然役員のイスに就き、有能なエンジニアや、営業マンの100倍もの給料をとることは、どう考えても適切な分配ではないと思う。市場の独占による競争排除は、短期的には好決算になるかもしれない。だがすぐに内部は停滞し、腐り始める。それが国家全体に広がったらどうなるかは、歴史が教えてくれている。

 wikiによるとトッテンさんは2006年9月に日本国籍を取得し、2012年1月1日付でアシスト社の代表取締役会長に就任したそうだ。会長職に就任したのを機に、それまでアシスト社のサイトで連載していたコラムを個人ブログに移行し、賀茂川耕助というペンネームで現在も執筆している。

賀茂川耕助のブログ 耕助のブログ

株式会社アシスト 公式ウェブサイト

港区・虎ノ門 1990年5月10日撮影
初出『ALEK』(アレック情報出版)1990年8月号
インタヴュアーは横江茂さん
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#KousukeKmogawa
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#ASIST
#アーカイブ

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・ダン・ヒックスのアーカイブ用カラー写真を新しくスキャンしたものに差し替え、加えて6枚追加しました。こちら
・ロニー・スペクターのアーカイブ用カラー写真を新しくスキャンしたものに差し替え、加えて10枚追加しました。こちら
・ドノヴァンのアーカイブ用カラー写真を新しくスキャンしたものに差し替え、加えて6枚追加しました。こちら
・スヌープ・ドッグのアーカイブ用カラー写真を新しくスキャンしたものに差し替え、加えて10枚追加しました。こちら

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